2019年10月

 日本バレエ協会関東支部千葉地区という組織が主催するバレエコンサートが千葉・習志野文化ホールであり、振付したバレエ作品「グラズノフ・スイート」を上演させていただいた。本公演実行委員会から振付を委嘱されたときに、この作品を上演したいと申し入れ実現した。ロシア出身の作曲家アレクサンドル・グラズノフ音楽の「コンチェルトナンバー1」や「ライモンダよりグランアダージョ」をシンフォニックバレエとしてかつて大阪芸術大学舞踊コースで上演したものに、新たに「バレエの情景」より1曲を加え、20名のオーディションで選ばれた若手女性ダンサーとキャバリエ役の男性ダンサー冨川祐樹君を主軸に25分ほどに再構成し振付をした。リハーサルは6月から毎週日曜日に行われたが、毎年この公演ではさまざまな振付作品をコンサートのメインで上演してきたそうで、協会側のバックアップも固く、バレエミストレス(作品を振付助手として指導するスタッフをバレエではこう呼ぶ。女性の名称で男性の場合はバレエマスターという)が3名もついて下さり、いずれも優秀なバレエ教師の方々ばかりで、毎回きめ細かく指導していただき、作品もリハーサル回数を重ねるたびに仕上がり彼女たちの存在が心強くもあった。主役の男性ダンサーの冨川祐樹君もかつて新国立劇場バレエ団で踊っていた時の同僚で、フレデリック・アシュトン版シンデレラ全幕で当時ジェスターという名の道化役を踊らせてもらっていたが、その時彼は王子の友人役を踊っていた。とても純粋な性格で長身で正統派ダンスノーブル(男性バレエダンサーの形容詞で王子役に相応しい雰囲気を持つ意味合いがある)で、その後ファーストソリストに登りつめ、バレエ団の白鳥の湖全幕の王子まで務めた素敵なダンサーである。ちょうど彼はバレエ団を退団後この協会の千葉地区で役員をしていたこともあり、彼の持ち前のダンスノーブルさが、この作品のcavalier(バレエの男性役の名称、主に役柄として主役女性の相手役を指す)にぴったりでかつての先輩後輩の間柄を利用して?口説き落とした経緯があった。彼は今回リハーサルでは本番まで10数回あったのだが律儀に1回も休まずすべて参加してくれ、これまた振付家としてとても心強かった。
 こうしてこの公演に向けて順風満帆に進んでいたのだが、本番間際の夏の終わりの9月上旬に台風15号が襲い千葉県一帯が巻き込まれ、首都圏も交通機関が珍しく計画運休しながらも大きな被害を受けた。一時ライフラインも遮断されたようで、今回出演者はみな千葉地区から集まっていたこともあり、ダンサーたちもこの時ばかりは心身ダメージを受けてしまいリハーサルでも何人かかけつけられず辛いものとなった。しかしそんな最中こそわれわれは矢面に立ち、バレエの力で本番をしっかり踊り、県民を励ます想いでメッセージを伝えようと呼びかけリハーサルを進めた。そんなひとつの想いが功を奏したのか作品が本番直前に息を吹き返し、より力強いものとなった。こうして9月23日に本番を迎え、この作品を上演することが出来た。本番は客席から見守らせていただいたが、観客もあの災害直後のこともあったからか、静かに息を呑むように皆見つめて下さり、またバレエダンサーたちも衣裳の上からのぞく肌からはたくさんの汗が美しい雫となって輝き、また満面の笑顔、ダイナミックな踊りで応え、終わった瞬間拍手喝采となりカーテンコールを受けていた。芸術に身を置く者として、災害を前にしたときこそ、われわれは立ち上がらなければならないという教訓を得ることが出来た貴重な体験でもあった。

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