2017年3月
今年の2月は東京と大阪には私が滞在中はどちらも雪が降らなかったがそれでもかなり寒い日が続いた。中旬には大阪芸術大学卒業舞踊公演を無事に終えた。今年は特に観客動員が素晴らしく2日間合わせて3階席を含めたほぼ満席の900人近くお越しいただいた。これは出演者の力に他ならない。舞台という瞬間芸術に多くの方々を招くことも大切にさせており、学生ダンサーたちのその努力と実行に拍手を送りたい。また遠方よりお越しいただいた観客の皆さまに感謝したい。名物となったラストのフイナーレも今年も出演者4年生から1年生まで全員が踊り抜き多くの涙を誘った。
2月・3月は舞台観賞に忙しくなる。毎年この時期は冬と春の定期公演シーズンの合間で海外からもバレエ団が頻繁に訪れ来日公演が行われる。私も大学が春期休暇中でタイミングがよく、昨年はドイツ・ハンブルグバレエ団、今年はフランス・パリ・オペラ座バレエ団公演を観に行った。ハンブルグバレエ団は名振付家ノイマイヤーが健在で、「回転木馬~リリオム」という全幕バレエと彼のバレエコレクションを並べたガラ公演のふたつを鑑賞し、パリ・オペラ座バレエ団はトリプルビル「テーマとバリエーション」「アザーダンセス」「ダフニスとクロエ」を観た。芸術監督を昨年までわが母校の後輩であるニューヨーク・シティ・バレエ団のプリンシパルダンサーだったベンジャミン・ミルピエが務めていたが、彼の作品を初めて観れて嬉しかった。在任期間中の2年間はパリジャンたちにはアメリカンバレエ出身ということをあまり好意的に受け入れてくれず(ベンジャミンは自国フランス人なのに!)苦労したようだが、今後は国際的振付家として世界じゅうを飛び回って頑張ってほしいと願っている。他に親友が久しぶりに出演するKバレエカンパニー、かつて自分が数多く主演を務めた東京シティ・バレエ団をはじめ、スターダンサーズ・バレエ団、そして国内モダンダンス界最高峰の現代舞踊公演などを観に行く予定で楽しみにしている。
バレエの姉妹芸術であるグランドオペラについても触れておきたい。バレエを学ぶためにはオペラもぜひ学んでほしいと日頃から教え子たちには話している。私自身若い頃ニューヨーク留学時代は好んでメトロポリタン歌劇場に足を運び観に行っていた。レパートリーのなかでは定番だが、「タンホイザー」「アイーダ」「フィガロの結婚」が好きであった。オペラを初めて観るひとには「椿姫」を勧めたい。音楽が美しく馴染みやすく、何度聴いてもあきないからである。若かった頃は仕送りでお金も限られていたため、観るときは4階席ばかりだったが、ニューヨーク・リンカーンセンターにあるふたつのオペラハウスの特徴はこの3・4階席以上の席数が全体の半数近くを埋めていることである。オーケストラ席と言われる1階席は100ドルや200ドルで日本円でも何万もするが、この最上階は日本円でも千円程度で立ち見なんて500円ぐらいだった。実はこの上階の観客席で繰り広げられる光景がとってもユニークでニューヨークの名物でもあったのだ。初めてそこに座って観賞していた時、あることに驚いた。オペラの名場面シーンでコーラスが繰り広げるところで、「さあ、いよいよだ」とこちらもわくわくして聴いていると「あれ?」と不思議に思うことがあった。それは舞台とは真反対の聞こえてくるはずのない観客席のうしろから大合唱が聞こえてくるのである。ん?と振り返ると、何と自分と同じぐらいの音楽大学生であろう若者たちがみんな楽譜を膝もとに置いて大合唱をしていたのである。まだカラオケなんてない時代、つまりここが絶好のカ・ラ・オーケストラで歌う場所でもあったのだ。こっそり口ずさむのではなく、堂々と歌い上げ、中には指揮棒持って振りながら歌っている者もいた。純粋に聴きたいオペラファンの方々はみんな1階席で聴いており、4階席ならば確かにかなり遠くてバレないから大丈夫って感じであった。なので前観てもうしろを見ても楽しかった頃を思い出す。ニューヨークに行ったらオペラハウス、特に上階へどうぞ。未来の三大テノール歌手に会えるかもしれない。ただ昔の話しで今はやってなかったらごめんなさい。
そんな隠れオペラファン?の私は昨年から今年にかけてオペラを5本ほど観ている。オーチャードホール芸術監督を務める親友も仕事柄オペラを観る機会がよくあり、お互い食事しながら「オペラはバレエみたいに原型や原振付といったものがないから、どんどん新演出が塗り替えられるように行われて、観ている側もついていくだけでも大変だなぁ」 「そうだそうだ」と話している。だから発想も奇抜で現代バレエもうかうかしてられない。この1年観たなかでも、モーツァルト「魔笛」はSF映画で登場するような大怪獣が多数出現するし、シュトラウス「サロメ」では大胆に天国・地上・地獄の3つが一挙に舞台上に立体的に三階式にセリに仕組まれたなかを歌手たちが行き来し、フランス革命を題材にした「アンドレア・シェニエ」も円形のせりに二場面のセンスある現代的美術装置が交互に回転しながら演出されていた。自分自身もオペラ振付をしたことがある「カルメン」はスタンダードながら大がかりな闘牛場の装置が度肝を抜いた。今月観た「ルチア」は主人公のルチアと恋人のふたりの結末を予感させる巨大な美術装置の岩山が実に不吉で美しい。しかしなんと言っても後にあのロマンティックバレエのジゼルの発想もとのひとつとなった30分を超える独唱゛狂乱の場゛を歌い上げたプリマドンナ、オルガ・ペレチャッコ・マリオッティの歌唱力、演技力が圧巻であった。音楽のドニゼッティもジョージ・バランシンがバレエ作品を創っていることもあり、バレエファンでもとても耳障りが心地よく楽しめる。今回は新国立劇場新演出ということもあり、観たものがああだこうだ言うのは観てない者に対して失礼でご法度なので控えるがすべてが素晴らしく、ぜひ足を運んでもらいたい。