2017年9月
今年の夏は後半が雨ばかりでまた気候も涼しかったが、これまでずっと酷暑が続いていたので何だか拍子抜けもする。でも我々バレエスタジオで生活するものにとっては嫌いな冷房に頼らずレッスンやリハーサルが出来て鬱陶しさも半減してホッとしたことも確かだ。ウォームアップを心掛けなければならないダンサーの身体にとってはエアコンは敵だ。世の中すぐに「熱中症に注意を」とか呼びかけ、それをいいことに今ではスタジオはガンガン冷やされ、ジュニアダンサーたちに水をゴクゴク飲ませたりする。トラディショナルなバレエを教える側にとっては現代はまさに厄介な風潮ができて嫌なものである。
そんな文字どおり善くも悪くもいつも心身カッカばかりしている?自分にとって他分野の劇場鑑賞が清涼剤になる。贔屓にしている演劇集団の舞台もこの夏に観ることができた。演劇の街下北沢を拠点に活動している“パフォーマンユニットTWT”の公演で、今回は「Nice Buddy~白か黒かは選べない~」という新作で、またも期待を裏切らず楽しく鑑賞させていただいた。私もかつて舞台人として先輩である元タカラジェンヌの方々にお声掛けいただきミュージカルに多く出演させていただいて、今でも演劇、ミュージカルをたまに観るが、その広い客席のために舞台からのセリフを時として耳をすまして観るエネルギーがいるが、下北沢の芝居小屋は舞台と客席があまりにも近く、プレパレーションなしに言葉が耳に飛び込んでくるので心地よい。また着飾らずに口語というのか日常的な会話や庶民的な動作が基本なので肩に力が入らずに観れる。役者の女の子が「あのさ、あんた、スゲエ!」とか本音の言葉がポンポン出てくるのも、自分の環境であるバレリーナや舞踊学生の姿と真逆で愉快に感じる。それでいながら主題は当然演劇性を帯びており、演出家の四大海氏の構成もウィットに富み舞台芸術に触れている瞬間を存分に感じさせてくれるのだ。
バレエ少年だった高校生の頃、下北沢が通う高校の沿線だったこともあり友人がある時、「おい堀内、今日バレエないんなら寄ってかねえ?」と誘ってくれ下北沢駅に途中下車してその界隈で洋服屋やレコード・DVDショップに寄ったり喫茶店で美味しいコーヒーを飲んだことがとても楽しく、以来ハマってしまいよく時間が空けばブラリと訪れたものだった。あれから時も経ち当時とお店は様変わりしてしまったが、今でもたまに「そうだ下北へ行こう」って具合に立ち寄る。この若手演劇ユニットのおかげでこの街に“清涼剤”を求めて再び来れるようになったが、主宰の木村孔三君は玉川大学芸術学部助手時代よく私の舞踊作品をサポートしてくれた経緯があり、演劇だけでなく舞踊に対しても理解が深い。次回公演は11月でなんと舞踊公演をプロデュースするのでこれまた楽しみにしている。
同じ舞踊のジャンルだが、フラメンコもバレエ同様に人気が高く今や国内における舞踊芸術の一翼を担うまでになっている。国家が援助する文化振興基金でもスペイン舞踊が何件も採択され、フラメンコ舞踊家は今ではそれぞれさまざまなスタイルを持って公演活動を展開している。日本ではスペイン舞踊家小島章司さんがパイオニア的存在で、むかし私がテレビ朝日系列の【PRESTAGE】朝まで生テレビ!という元民進党代表の蓮舫さんが司会を務めていた深夜番組にコメンテーターとして出ていた頃、ダンスが取り上げられた時にフラメンコの代表として出演されご一緒してそれが縁で以来何度か公演を拝見させていただいている。この舞踊の特徴はご存知のように何と言っても大地に魂とともに叩きつけるようなタップで、その力強い響きが魅力だ。歌のカンテ、音楽のギター、手拍子のパルマといった独特の手法が民族色を強くするが、フランスバレエの振付家マリウス・プティパがかつてロシアへ渡る前、スペインに数年赴任して踊りを教えていたことがあり、それがきっかけでスペイン舞踊に馴染みドンキ・ホーテやパキータといった作品が生み出され、おかげでわれわれバレエとも縁の深いものとなった。かなり前の話になるが、小島章司先生の公演を初めて拝見したとき、演奏家は全て本場スペインから来日し、90分間ひとりソロで踊り抜いた姿に感動していてもたってもいられなくなり、手紙を送ったことがあった。すると「充君、ありがとう」と言って20本近い薔薇をお礼に贈って下さりまたまた感激してしまったのだが、スペイン舞踊家はまさに熱い情熱家なのだと実感させられた。
雨も上がったこの夏では珍しく暑かった日に世田谷パブリックシアターに出かけ、鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団公演「愛の果てに」を拝見した。ギリシャ神話オルフェオとエウリディーチェをモチーフにしたもので、フラメンコ手法による新機軸であった。この舞踊団を拝見したのは1年ぶりで前回はライブハウス的な空間で「desunude」というやはりフラメンコ音楽とはかけ離れたオリジナルな現代楽曲を起用していた。ただここはおそらく今や国内でトップの活動ぶりでほぼ毎月のペースでさまざまなシーンに登場しているので古典から新時代まで幅広く展開している。バイラオーラ(バレエでいうバレリーナの意)の鍵田真由美さんの毎公演渾身のちからを持って臨む姿は観客の心をゆさぶる。入魂という言葉こそ相応しい彼女のフラメンコは、永遠でない生命の儚さに立ち向かおうとする精神性まで見えてくる。この作品の中ではエウリディーチェを巡ってふたりの男性の奪い合いのシーンが見応えあった。佐藤浩希と末木三四郎のふたりがまさに男の闘いとして床を全力で踏み鳴らし魂をぶつけ合う。また、末木演じる愛破れた男の葛藤の心を表すバイラ、大地をけたたましく踏み鳴らす響きは観客の心にまで充分に届いた。前出の小島章司先生と名花クリスティーヌ・オヨスのふたりが踊ったデュオを観たときの男女の熱い愛の姿もそうであったが、フラメンコが持つ限りない生命力を感じさせた舞台であった。