2017年11月
今年の秋は雨ばかりの日々で、こんな季節も滅多にない。バレエダンサーはインドアの活動なのであまり公演やその稽古などにはあまり影響はないが、ひとによっては湿った空気や不安定な気候は体調を崩すことがある。ダンサーは日頃からハードワークな生活を送り、また自身の身体も激しい踊りで日々消耗させ、体調管理にいとまがない。
それでも本番を迎える前に不慮にもケガに見舞われてしまうことがある。せっかく公演に向けて出演する仲間たちと日々稽古を積んできたのに、そんなことがあると文字どおり戦線離脱して仲間たちから離れなければならない。また本番を務める責任感もありこの痛みと不安を抱える辛さは経験したものにしかわからないだろう。昨年新国立劇場で踊ったときも直前に肉離れをして辛かったのだか、ダンサーとして何度も経験してきただけに、それを直面したダンサーを見るといても立ってもいられなくなる。まるで飛べなくなった鳥を飛べるように必死になって手を差し伸べ、何とか飛べるようにする感じなのだか、ふたたび仲間たちのところに戻り復帰できた時の姿を見る感動はたまらない。
10月下旬に行われた大阪芸術大学舞踊コース卒業制作公演でもそんなことがあり、無事に幕がおりたときは胸がいっぱいになった。
昨年12月23日をもって19年間毎年欠かさず続いていた栃木・宇都宮で行われていた堀内版「くるみ割り人形」全幕公演の幕を閉じた。まだ振付家としてかけだしだった私に声を掛けてくださった橋本陽子エコール・ド・バレエ主宰の橋本陽子先生には感謝の気持ちでいっぱいである。
そんな折り、今年の12月は京都バレエ団の依頼でこのくるみ全幕を上演させていただくことになった。団長で芸術監督の有馬えり子先生が振付された演出バージョンをこのバレエ団は定期上演をされていた中、リニューアルしたいという意向を受け、はじめはバレエ団の親しんだ作品を引き継ぐことに果たしてこの自分が引き受けていいのか正直戸惑いもあったが、有馬先生は「気になさらず堀内さんのやりたいように…」という身に余るお言葉をいただき新たな気持ちで臨ませていただいている。橋本バレエ版も年を重ね毎回所々改訂してきたが、今回は関西初上陸ということもあり、大幅な改訂振付に踏み切らせていただいている。くるみ割り人形が王子となり、主人公の少女クララと愛の夢が展開されるのが一般的なストーリーだが、このバレエのもうひとりの主人公であるドロッセルマイヤーというくるみ割り人形をつくった人形技師がクララへの想いを綴るという主題に置きかえさせてもらった。このバレエの原作であるホフマン物語のなかの「くるみ割り人形とねずみの王様」ではクララであるマリー姫がドロッセルマイヤーの甥と結婚する結末になっていることをヒントに私自身がバレエ台本として改訂した。ねずみの女王の呪いによって人間性を失ってしまったある人形王国の技師ドロッセルマイヤーが、占星術をとおして少女クララを見つけ、純粋で無垢な少女の姿に惹かれていくところから始まる。そして自分の化身としてくるみ割り人形をつくり、それをとおして彼女との愛を成就させるために人間界に向かう筋書きにしている。ひとにはさまざまな愛のかたちがあり、男女、親子、兄弟、師弟の愛から枠を超えた愛までそれぞれに胸に秘めた愛のかたちがあり、それが人間の一側面であることを描きたいと考えている。ドロッセルマイヤー役には新国立劇場バレエ団オノヴルダンサー(長年バレエ団で活躍をされ功績が認められた舞踊手に贈られる称号)である山本隆之君が務める幸運にも恵まれ、彼のこの作品に対する理解力を期待していたが、リハーサルではその取り組みが素晴らしく、役作りに余念がない。また団長が私に寄せた気持ちそのままに、連日のリハーサルはバレエ団総力を挙げて熱気を帯びていて、この改訂初演の本番を楽しみにしている。
同時にミュージカル「回転木馬」のバレエも振付している。ロジャース&ハマースタインというあの名作「サウンド・オブ・ミュージック」の作曲家として知られているふたりが音楽を手がけたブロードウェイミュージカルの名作のバレエ化である。といってもわずか18分程の小品で同じく11月下旬から12月初旬にかけて玉川大学芸術学部卒業舞踊公演で上演する。この作品のために音楽を新進音楽家八谷晃生君に再構成、編曲、ピアノ演奏録音を依頼し、大学パフォーミングアーツ学科の学生による美術デザイン・装置制作、衣裳デザイン・製作、出演もオーディションで舞踊学生を選抜、声楽学生によるシンガーまで出演するという、まさにこちらも大学が総力を挙げて臨んでくれる。私に絶大な信頼を寄せてくれる母校とはありがたい。アメリカの遊園地の中の回転木馬で働く青年ビリーと女子会で遊びに来た少女ジュリーのふたりが恋におちるが、ビリーが心の迷いから犯罪に巻き込まれ殺されてしまう。降臨した天使たちが彼を迎え天国に連れ帰るがジュリーを本当に愛していたことを(これが名曲「If I Love you /もしも君を愛したなら」)最後まで必死になって伝えるというラブストーリー。今回はこちらも自分で台本を改訂し原作とは多少異なるが、少年の頃父が映画の同作ミュージカルを愛していて、それに触発され母に映画館に連れられて観て子供ながらに感動した思い出があり、13年前にニューヨーク・ブロードウェイでリバイバル上演した際にもかけつけて観に行ったほど好きな作品であった。その後日本で東宝ミュージカルが上演権を得て上演したが、それに出演したかったのだが諸事情で叶わなかった苦い思いもした。しかし、その日本版も観に行ったが素晴らしかった。その時のビリー役だったミュージカル俳優の宮川浩さんだったが、彼はブロードウェイ版の彼にひけを取らぬ熱演で深く感銘を受けた。人生とは不思議なもので、その後彼とは人気ミュージカル「ザ・スヌーピー」で彼がスヌーピー役、私がウッドストック役で共演する機会に恵まれ、それ以来親交が深まり、私のバレエ公演にも俳優として出演してくれる仲にまでなった。何だか失礼だがいまでも彼と会うたびに(おお、ビリーだ!)なんて思ってしまう。それほどお気に入りのミュージカルなのだが、それにしても振り返ると今回のくるみ割り人形にしてもバレエ回転木馬にしても自分は恋愛ものが大好きなんだなぁ…なんて思ってしまう。 それも一途の愛がね…。
・・・京都バレエ団公演「くるみ割り人形」全幕
2017年12月2日(土)18:00開演/12月3日(日)15:00開演 びわ湖ホール中ホール
(お問い合わせ tel:075-701-6026)
・・・玉川大学卒業プロジェクト舞踊公演「百華繚乱」
2017年11月29日(水)~12月2日(土)18:30開演/12月3日(日)13:00開演+18:30開演 (お問い合わせ tel:042-739-8092)