2018年8月
酷暑が続くがこちらは劇場やバレエスタジオにいることが多く、また東西の往復で乗り物にいる時間が長く、むしろ効きすぎる日本の冷房対策で逆に身体や脚を冷やさないように注意ばかりしている気がする。いくら暑くなっても長袖やひざ掛けとなるハンカチなどは必需品で、出かけた時にそれらを忘れたら「しまった!風邪ひくかもしれない」「足や肩が冷えて硬くなるかもしれない…」など季節外れなことを考える羽目になる。エアコンほどわれわれダンサーにとって怖いものはなく、かと言って外気は40度近くなったりで、変な季節になったものである。
今年の夏はそんな真夏の日々にうってつけの全幕バレエ「真夏の夜の夢」堀内版を大阪で、また横浜と福井でそれぞれ全く真逆な季節はずれの全幕バレエ「くるみ割り人形」堀内版を上演させていただいた。「真夏の夜の夢」は以前もこのコラムに書かせてもらったY.Sバレエカンパニーの年1回の自主公演で7年ぶりの再演となり、関西でもっともバレエ公演にふさわしいNHK大阪ホールで上演させていただけたのが嬉しい。ここは名のとおり言わば公共的なホールでこの劇場で舞台公演するのも誰でも出来るわけではなく、それなりのステータスを持つものでないと劇場側の許可がおりないと聞く。この創立11年の若いバレエ団がここで創立2年目から10年間上演を続けられるのは実力を持つ証しでもあり、関わってきた者として喜ばしい。今回も私の教え子である山本庸督、高井香織のともにアメリカバレエ出身のふたりが主人公のオベロン、タイターニアを演じ、他にもたくさんの私が教鞭を執る舞踊大学卒業生、在校生が出演してくれた。
また2つの都市でわずか4日違いで自分の全幕バレエが上演されるとは自分が振付をして30年経つがまさか始めた頃は夢にも思わなかった。どちらも親交ある舞踊家でおられる横浜在住の木村公香先生、そして福井在住の前田美智先生が主催された舞台に招聘され感謝の気持ちでいっぱいである。福井は前田美智バレエ教室自主公演で東京や大阪のプロフェッショナルダンサーを含め100名近い出演者が集まり、ほぼ満席の観客が集まって下さり、これも前田美智先生のバレエに対する熱意に他ならない。越前文化センター大ホールというところで2009年、2014年に続き3回目の上演となり、この公演でも教え子の前田朱加里が2幕の華である金平糖の精を務め、盛況なうちに幕は下り翌日に公演記事として地元福井新聞の社会面に報道、掲載された。
横浜の木村公香先生はご存知のとおり、東京バレエ団芸術監督を務めらている斎藤友佳理さんのご母堂でおられ、日本バレエ協会の役員など歴任された日本のバレエ界の中でもロシアバレエに精通しておられるトップでもある。そんな木村先生から「充さん、ぜひ全幕を私のアトリエで上演していただけませんか」とお声がけいただいた。自分のバレエスタイルはアメリカンスタイルで国内ロシアバレエの聖地とも言える木村公香アトリエ・ドゥ・バレエでくるみ割り人形をさせていただくのはこちらもかなり恐縮したが、公香先生は「遠慮なさらずに充さんの思う通りにして下さい」というお言葉をいただき気持ちが楽になった。本番は鎌倉芸術館大ホールで上演し、こちらも満席に近い観客の方々に観賞いただき、斎藤友佳理さんもバレエ団の多忙のなか駆けつけていただいた。
今夏の後半は2つのバレエコンクール計8日間にわたり審査員に明け暮れたが、そんななか残暑厳しい大阪で大学のリハーサルの帰りに清涼剤?を求めて大好きなフェスティバルホールに足を運び演奏会へ聴きに出掛けた。この日は読売交響楽団の定期演奏会で演目はチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲、ドビュッシー・交響曲〈海〉、そして名曲ラヴェル・ボレロだった。職業柄というか、芸術大学に勤めるとあって音楽家やオーケストラと関わりが多く、オペラや演奏会のなかの舞踊シーンの振付や演出も多く、そんな親しみから時間があると「そうだ!演奏会に行こう」となる。しかしここ関西はクラシック音楽ファンが多く、演奏会もいつも満員で慣れてはいるが三階席しか残っていないなんてことはしょっちゅうである。しかしこの日はひとりということもあり、運よく1階席の前から10列目を手に入れられた。ちょうど2日前に台風21号が関西に上陸して暴風に襲われ、大阪は大きな被害を受け演奏会開催も危ぶまれたが、何とか鉄道は復旧し予定どおり開演にこぎつけた。今日の指揮者はフランス人ジョセフ・バスティアン。普段マエストロは壇上に上がり、観客席へ一礼して楽団側に向かうと一瞬深呼吸したり、間をあけてタクトを振り上げて演奏が始まるものだか、彼は一礼後振り向くとすぐさまタクトを振り演奏を開始した。その姿は一刻も早く演奏したくて仕方ない少年といった姿にも映る。そんな展開となるとはこちらも意外であったが、演奏は実に力強く、スピーディーなものであった。この日の注目でもあったのがヴァイオリ二スト神尾真由子の演奏で、名門チャイコフスキーコンクールの覇者で現在人気実力とも世界的にトップクラスの女性で、彼女の人気でこの日のチケットは売れていたといっても過言ではあるまい。彼女はヴァイオリン協奏曲を演奏したが実に繊細ながら正確な音色で音質も深くボリュームを感じさ見事であった。演奏後のカーテンコールも4回を数え聴衆を魅了した。そして何と言っても最後の演目「ボレロ」は演奏会では鉄板のトリ演目。バレエファンでもベジャール作品のボレロは一度は必ず観ているだろう。私も同世代アーティストで友人でもある男性バレエダンサーかつての東京バレエ団プリンシパル高岸直樹君の名演に2度も触れている。この音楽の特徴は木管楽器、弦楽器、打楽器とゆっくり加わりながら盛り上がって演奏されていくスタイルにある。とくに弦楽奏者がはじめ素手でギターのように静かに奏で、そして徐々にひとりずつ弓を持ち、演奏していく姿が実に舞踊的でかっこいいのである。そしてあの名曲のしらべの大団円となり、最後はやはり拍手の嵐となった。大阪はこのところ大きな地震や暴風で災害に見舞われ、まさに大阪市民が復旧に向けた気持ちがこの演奏と重なり感動的で、このように沈んだ気持ちになったときこそ芸術は力になるものだと感じた瞬間でもあった。
帰りは行きつけの大阪名物の串焼き屋でひとりカウンターで悦に浸りながら杯を上げたのであった…。でも実はインターミッション(休憩時間)でもシャンパンをこっそり飲んでいたっけ。フェスティバルホールのロビーは西洋風な内装で美しくもあり口にする飲みものも美味しい。ぜひ一度こちらもご堪能下さい。専門分野の舞踊公演とは違い、ついついリラックスしてしまうなぁ。