2022年2月

 今年の冬は寒さが身に沁みる。東京が大雪の時は大阪にいたので大丈夫であったが、数年前に大学の通勤で積雪のために車が動かなくなり、愛車を一晩路上に置き去りにした恥ずかしかったことが脳裏に浮かぶ。それでも屋外と室内の寒暖差は人間の温もりを感じさせてくれる。中学、高校生時代にアメリカやスイス、ロシアへバレエコンクールや研修で真冬によく行ったものだが、雪が降り積る厳寒のなかでも建物やとりわけ劇場の中はとても暖かくポカポカして西欧の生活習慣の豊かさを実感した。当時日本はまだエアコンも発達していない頃で室内も寒くこたつの中でじっとしていたことが当たり前だった時代でバレエが生きる国々の文明の高さに憧れたものだった。今でこそ日本も室内は温かいのだがたまに寒暖の差を感じるほどの部屋に入るとあの頃の温もりを思い出す。今は亡き父と母が付き添いで一緒に旅行してくれたことやバレエに向かう夢も大きかったことも… 。

 年明けに続き劇場鑑賞が止まらない。能楽・不朽の名作「高砂」と「羽衣」を国立能楽堂で鑑賞した。名門梅若家による研能会で上演されたが、中でも「羽衣」は夢幻で美しく能楽を超えさまざまな芸術分野でこの題材が取り上げられバレエでも内外の振付家が挑んでいる。今回は梅若紀佳が舞を披露したが落ち着きのある一挙手一投足で魅了し、26歳の若き女流能楽師の今後に期待したい。

 本職のバレエ公演も足繁く通い、新国立劇場バレエ団ニューイヤーコンサート、松山バレエ団新春公演、Kバレエカンパニー公演と渡りバレエ三昧となった。東京シティバレエ団も行く予定でいたが新型ウイルス感染下で公演中止となり心が傷んだ。
  「テーマとバリエーション」は新国立劇場バレエ団登録ダンサー時代にも上演されたが出演機会には恵まれなかった。師である振付家ジョージ・バランシンの名作でニューヨークのバレエ学校時代何度も観た作品。あの頃は年上の先輩ダンサーたちが踊っている姿に憧れを抱き、今は下の世代の若いダンサーが踊る姿を目に触れ、こうしてバレエ作品が時代とともに受け継がれていることに感慨を覚える。人間はいつまでも踊り続けることはできないけれども下の世代に継承させていくことが芸術家として使命でもあるのだと感じさせてくれる瞬間であった。
 「シンプルシンフォニー」もまた私の好きな作品のひとつ。親友の熊川哲也君の数少ない短編シンフォニックバレエ作品だが、お洒落で実にかっこいい。踊るダンサー、振付、衣裳、舞台美術すべてがセンスよく高い美意識がたまらない。この日プリンシパルダンサー成田紗弥が美しいポールドブラと足さばきで観客を魅了した。この作品はアシュトン作品かと見間違えるほどの国際的感覚に溢れロイヤルバレエ団でも上演すべき作品でもある。また新作ロマンティックバレエ「クラリモンド〜死霊の恋」もすてきな出来栄えであった。果たして舞踊評論家でもここまで原作を把握していただろうかと思うほど振付家としての見識の高さも舌を巻く。主人公を演じたバレエ団新加入プリンシパル日高世菜の非凡な才能も開花させダンサー想いの彼の側面も感じられた。
 ちょうど1年前東京で踊らせていただいた松山バレエ団・清水哲太郎先生演出・振付「新白鳥の湖」全幕も堪能させていただいた。今回の主役は昨年夏に全幕「ロミオとジュリエット」で上演されたように入れ替わり立ち替わり主人公を黄金リレーで繋いでいく形式のもの。2年間バレエ団で共にレッスン、稽古を積ませていただいた素晴らしき仲間のバレエ団ダンサーのみなさんの熱演に心打たれた。清水哲太郎先生の白鳥の湖に対する造詣の深さに匹敵する専門家もいない。言うまでもないが皇太子ジーグフリードを踊らせていただいたことは私の一生の宝である。

 下旬にはふたたび半ば私の趣味となっているオーケストラ鑑賞。何度もこのコラムに登場する大好きな大阪フェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団演奏会が「アメリカンプログラム」と題してジョージ・ガーシュイン特集が組まれ、これは聴き逃すまいとちょうど来月卒業舞踊公演でウエストサイドストーリーを踊る教え子ダンサー女子学生20名を学外授業として、夕方まで大学でレッスン、リハーサルをしたあとに大阪地下鉄に乗り継ぎながらフェスティバルホールに乗り込んだ。毎年大阪芸術大学演奏会はやはりフェスティバルホールで上演され、演奏学科学生が演奏する姿を舞踊コース生総勢で聴くのだか、ここ2年このコロナ禍で演奏会はなく、そんなこともあり1学年だけではあったがよい機会となった。演奏会は鑑賞席はふつう5千円前後なのだが、大学生は何と千円のみ。それが大阪フィルのすばらしい姿勢でもあり、この日は楽団の配慮もありフェスティバルホール客席横一列ずらっと並び鑑賞した。この日は名曲「ラプソディ・イン・ブルー」を聴くことが出来たが、大学舞踊公演でも振付したレパートリーでもある。ピアノ演奏は中野翔太。ニューヨークの名門ジュリアード音楽大学出身だけあってアメリカナイズされた演奏ぶりを堪能。ヨーロッパで研鑽を積んだ演奏家は西欧の音楽を得意とするように、アメリカで学んだ彼の演奏スタイルはガーシュインを知り尽くしているのかもしれない。ところで私がニューヨーク留学時代、バレエ学校はこのジュリアード大学の構内のなかにあった。大学食堂はひとつでバレエ学生と音楽学生とよくとなり合わせでランチを食べていた。時代は違うが彼もあそこで青春時代を過ごしていたのかなぁなんて思いめぐらしているうちにどこか親近感を抱き、演奏後の彼の姿に教え子たちと共に惜しみない拍手を送った。

お問い合わせ
このページのTOPへ