2025年2月

 新年明けてから東京で松山バレエ団「ジゼルとアルブレヒト」に向けたリハーサルに明け暮れた。松山バレエ団では午前中は朝礼から始まり、総監督清水哲太郎先生による談義が毎日ありその後レッスンに入るが、今回の演目はジゼルとアルブレヒトで作品の解釈や新たに改訂する経緯、またかつて清水先生、森下洋子先生がさまざまな恩師から薫陶を受けた話にまでさかのぼる。ロシアの名花ウラーノワや伝説のスター・ヌレエフの思い出話が始まると胸が踊る。以前「新白鳥の湖」に出演した時の朝礼では日本に初めてボリショイバレエ団が来日してその時の男性舞踊手ヤグジンが素晴らしかったと話して下さり、何と彼はモスクワ国際バレエコンクールに出場した時に受けさせていただいたボリショイバレエ団カンパニークラスのレッスンティーチャーで、父親もヤグジン先生のことをよく知っていたこともあり、こちらからお声がけしたら丁寧に指導して下さり、その後食事まで共にさせていただくほど親しくさせていただいた恩師であった。清水先生や森下先生のお話を聞いて「ガッテンだ!」と手を叩きたくなるほどうれしい気持ちになったのは言うまでもない。それにしてもこの話しについていけたのもおそらく今や日本では私だけではないかと思えてならないのだが…。
 松山バレエ団は国内最高峰の伝統を持つバレエ団で、自分が高校生の頃に憧れたところであった。当時はNHKバレエの夕べというバレエ番組が1年に一度あり、業界では有名でマスコミにもたびたび登場していた番組「名曲アルバム」で知られたNHK名プロデューサーでおられた藤井修治氏に見出され、最年少15歳で初出演して以来毎年出演していたのだが、主役王子は毎年決まって清水哲太郎先生でいつも遠目から羨望の眼差しで見つめていたのを覚えている。今で言えばメジャーリーガー大谷翔平選手を新人選手が見つめるような感じであった。本来ならばあいさつ出来る立場でもなかったのだが、NHKホールの楽屋付近ですれ違った際に「充君!」と声をかけていただき胸が高鳴ったことが忘れられない。松山バレエ団「ジゼル全幕」を初めて観たのも今から40年ほど前で東京・日比谷にある日生劇場で森下洋子先生と清水哲太郎先生が主役を務め、外崎芳昭さん、安達悦子さん、高橋良治さんといったバレエ団主要アーティストが高いレベルの踊りを披露し、何よりも芸術性溢れる舞台機構で装置や衣裳、照明すべてが美しかった。その豪華絢爛な美術そのままに、今回踊らせていただくことに感激極まりない。幕開きのプロローグで最初に登場するのが貴族アルブレヒトで重厚な貴族の出立ちで颯爽と坂道からマントをに身を包ませながら現れる。そして自分が貴族である身分を捨て村娘ジゼルに愛の告白を今日こそ打ち明けるのだと心に誓いながら近づき、また家の前の木造りのベンチに膝つき亡き父に許しを乞う祈りを捧げる。清水総監督はここのシーンにもっとも力を入れて下さり、毎日1時間近くに渡ってマントさばき、振る舞い、心の描写すべてにおいて特訓を重ねた。マントさばきがうまくできないと察すると何とマントを新調して特製を用意して下さり、そんな熱き想いに応えなければとこちらも必死になった。稽古は厳しかった。しかしあの40年前に観た憧れのシーンがまさか今になって自分がそこに身を投じることができることが幸せであった。こうして朝から夜まで全身全霊で本番に立ち向かう日々が続いたのであった。

 大阪芸術大学舞踊コースも学年末2月中旬に1年を総括するバレエ公演である第40回卒業舞踊公演に向けてリハーサルに熱を帯びた。本番の2週間前には毎年かならず大学芸術劇場にこもり、朝から大学芸術劇場舞台上でピアニスト生演奏によるレッスンから始まり、午後から夕方にかけて下校時刻6時半すぎまで丸一日バレエ漬けとなる。一聞たいへんそうに聞こえるが、これが舞踊学生にとって1年で最も楽しい時間でこの時を待ち望んで日頃から過ごしているのである。プロフェッショナルな舞台運営スタッフが集まる下見稽古でも朝10時から夜7時までお弁当付きでみな喜んで全力で踊るのである。自分が若き頃、アメリカで過ごしたバレエ学校やプロになってさまざまなバレエ団で経験したことをこの舞踊大学でも主任教員として着任して以来かならず実践させているもので楽しくないはずがない。
よく受験相談で入学希望者の親子が「在学中に留学を考えたいのですが」とか話されることがあるが、いつも自信持って「留学されている時に大切な瞬間を失いますよ」と答えている。これは本心、どうぞ本学へお越し下さい。唯一無二の大学舞踊教育がお待ち申し上げております。

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