◆2018年 11月
11月に入ってすぐに自分にとってのバレエの母国アメリカへ久しぶりに渡った。それもわずか3日間週末だけだったが、双子の兄が芸術監督を務めるミズーリ州セントルイスバレエ団秋のバレエ公演「ロミオとジュリエット」を観るのが目的であった。兄が演出振付したこのグランドバレエをどうしても観たかったのだ。フライトが到着したその日の夜がちょうど公演初日であった。劇場はセントルイス大学のキャンパスに隣接するトウヒルパフォーミングアーツセンター大ホールで、ロビー、客席とも現代的絢爛さでニューヨークシティバレエ団の本拠地ニューヨーク州立劇場と同じ建築デザイナーによって建立されたと聞きそれもうなづける美しさである。
アメリカではソワレ公演はどの都市でも夜8時からが一般的で日本に比べかなり遅い。国民的行事であるくるみ割り人形公演シーズンで家族鑑賞が多い演目でさえ夜7時半開始である。これはオペラ、演奏会、あるいはベースボールのメジャーリーグでも同じで、日本のプロ野球は6時、アメリカは夜8時にプレーボールとなる。ニューヨークでのバレエ、オペラ鑑賞に余念がなかったバレエ学生時代、オペラは特に上演時間が長く終演が12時前だったこともあった。しかし当時はニューヨークは不夜城と呼ばれ、マンハッタンの地下鉄とバスは24時間運行で貧乏学生でもアパートへ帰れたのである。
堀内元版ロミオとジュリエットは彼自身による日本公演の演目ではシンフォニックバレエがほとんどで、それだけに彼のドラマティックバレエの展開は興味深かった。彼の振付では戯曲の根幹である主人公のふたりのドラマにかなり絞っており、それがより悲劇性を帯びている印象を受けた。よってティボルト、マキューシオやベンボリオといったふたりを取り巻く登場人物のクローズアップは他の振付バージョンより少なめで、その分ふたりの愛のかたちをより深く見せている。もうひとつの目的であったバレエ団きっての看板女性ダンサーである日系人でもある森ティファニーがジュリエット役を3回公演中2回務め、実に素晴らしい踊り、演技をみせた。日本公演でも今や彼女はおなじみだが、やはり全幕バレエで観るとこちらも満足感が違い、彼女の魅力を堪能できた。バレエ団公演でも彼女が出演する回はチケットの売り上げもいいそうだ。終演後のカーテンコールもスタンディングオーベーションを受けていた。
またバレエ団員たちの踊りを観ることも久しぶりで、随分前に兄の計らいでカンパニークラスを一度担当させてもらったことがあり、今となっては貴重な思い出となっているが、その時のダンサーはほとんどすでにいなくて新しいメンバーとなっていた。しかし今回は劇場で行われたカンパニーレッスンクラスも拝見させていただいたが、特に印象深かったのが、カンパニー全員が芸術監督に忠実で、バレエのパひとつひとつ、一挙手一投足みんな同じようにこなしていたことだ。バレエ団のカラーとはまさにこのことで、主要ソリストから若いダンサーに至るまでホリウチメソッドどおりに踊っていることに感心した。本来のバレエ団とはまさにこの姿を指すのだろう。近年日本国内でもバレエ団が次々と立ち上げられているが、この理想の姿をぜひ学んでほしい。それにしてもアメリカのバレエ団とはいえボスの芸術監督は日本人である。7、8年ほど前にNHKが彼を追ってドキュメンタリー番組を放送してくれたが、今の姿もまた日本に紹介してもらいたいものだ。
こうして3日間連続して毎回兄と隣り合わせで着席し鑑賞させてもらった。久しぶりにアメリカの空気を吸ったが、初めて訪れた時が父親に連れられた14歳のとき。当時いちばんおどろいたのが食べるもの飲み物着るものすべてが大きいところ。人生初めてアメリカのコーヒーショップで注文したのがオレンジジュースで、カウンターテーブルにどかんと実に大きなコップで置かれ、また果汁200%はあるのではと感じるぐらいの濃厚さでこの日本人少年はあまりの量の多さと濃さに最後まで飲みきれなかった思い出がある。
今回帰国の途に着くためひとりでセントルイス空港で朝8時発のシカゴ行きを待っていたところ、突然午後2時に延期に。「えっ!」こちらはシカゴに行ってそこから午前10時発の日本航空成田行きに乗らなくてはならずしばらく途方にくれた。しかし翌日から大学の教え子たちの授業がひしめき、臨時休講となり彼女たちをプンプン怒らせないためにも帰国を遅らすことは避けたい。「よし!」と久しぶりに英語でぶちまけるしかないと意を決してアメリカン航空のカウンターに尋ねに行くと、次々と指示され預けた手荷物を戻され、ふたたび向かった出発ターミナルの航空カウンターで対応してくれた女性が「Oh hhn..OK.」とカチャカチャPCをたたきだし、その後「これからダラス(テキサス州にある)に行きなさい!そこからアメリカン航空の成田行きが30分後に出発するからそれに急いで乗るのよ」と言ってポンとチケットを渡され、お尻をたたくようにゲートへ向かわされた。その間わずか5分程度。どうしてくれるっと意気込んだはずがあまりの早い展開に呆気に取られてしまった。もちろん航空代はタダ。この大胆さというか気持ちのデカさというのかこれもまたアメリカならではなのである。