Jyu Horiuchi Ballet Project  

バレエダンサー・振付家  堀内 充の公演活動報告

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堀内 充の時事放談

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【 p r o f i l e 】

幼少より双子の兄(堀内 元)とともに両親のバレエスタジオでバレエを始める。

1981年モスクワ国際バレエコンクール銅賞、1983年ローザンヌ国際バレエコンクール・ローザンヌ賞を受賞し、ニューヨーク・スクール・オブ・アメリカンバレエに3年間留学。

帰国後舞踊活動を開始する。青山劇場バレエフェスティバル、新国立劇場バレエ団、松山バレエ団、東京シティバレエ団、日本バレエ協会、東京バレエグループ、佐多達枝バレエ公演など多くのバレエ公演に出演し、また南米やフランスやサンフランシスコ、韓国、中国上海、札幌のダンスフェスティバルにも招かれている。現在、振付活動として「堀内充バレエプロジェクト」を展開している。

1994年グローバル森下洋子・清水哲太郎賞受賞。

バレエダンサー・振付家として、また大阪芸術大学教授、母校の玉川大学芸術学部非常勤講師、京都バレエ専門学校講師、日本音楽高校特別講師、新国立劇場研修事業委員(舞踊)、バレエスタジオHORIUCHIのバレエマスターを務め、後進の指導にもあたる。

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◆2022年 7月

 大学で舞踊論を舞踊学生に教授して20年近くになる。自分自身学生時代はニューヨークのバレエ学校に籍を置き、舞踊大学のような舞踊論を学んだことは勿論なく、今授業展開しているものは全て独学で得たものである。授業ではテキストはプリントを配ることが多く、それは新聞記事だったり公演鑑賞したばかりのパンフレットだったり、あるいは舞踊関係の書籍だったりさまざまである。映像もよく見せるがアメリカ留学時代に手に入れた貴重なもの、あるいは自分が舞踊活動で展開してきた振付作品や踊った時の映像が多い。ここ数年は資料をもとに講義するより、時事的なものに対し話をまくし立てることが多くなってきた気がする。歳を無駄に重ねているせいなのか、あるいは舞踊女子学生が最前列を陣取り気を遣って綺麗な笑顔をつくってくれているのに、それに気づかず調子に乗っているからなのかはわからないが、いずれにせよあっと言う間に時間が経ってしまう。最近の関心事はもっぱらロシアのウクライナ侵攻でわがバレエの母国が大きく揺れていることである。その事について述べると、どうしても戦争の話は避けて通ることはできないのだが、この科目には舞踊専門以外の男子学生も多く聴講しているが、意外にも彼らが食い入るように話しを聞いてくれる。やはり男の子たちは闘いとか勇気とかには本能的に反応するらしい。女子学生に人気が集中するバレエの講義に思わぬところで男子にも興味を持ってもらえるようになってご機嫌になっている今日この頃である。

 7月下旬に大阪芸術大学オープンキャンパス劇場上演会がオペラハウスとして自慢の大学芸術劇場で行われた。わが舞踊コースでは2回生による「ラ・バヤデール宮殿の場」よりグランパ・クラシックと「ウエスタンシンフォニー」の2作品を上演させていただいた。どちらも巷では名作レパートリーでもあるが、もちろん今回も小生が構成振付したオリジナル作品である。バヤデールは親友が全幕バレエを改訂上演したときに痛く心動かされ、自分もチャレンジしてみようと8年前にシンフォニックバレエとして振付をした。「ウエスタン・シンフォニー」は今回出来立てホヤホヤの初演だが大好きであった師バランシン版に誘発され一念発起してこの夏オリジナルをクリエーションさせていただいた。どちらもバレエ学生がこの数ヶ月コロナ禍を吹き飛ばす勢いで日々リハーサルに取り組んでくれて、約2年ぶりとなった客席数制限を取り払い満席で熱気あるなかでの上演で、見事に好演し拍手喝采を受け感慨深いものとなった。ひとつ、バランシン版「ウエスタン・シンフォニー」には思い出がある。この作品はニューヨークシティバレエ団の揺るぎない人気レパートリー作品なのだが、この作品に日本人として世界初出演を果たしたのが当時バレエ団日本人初のプリンシパルダンサーであった双子の兄堀内元で、彼の踊りは痛快そのものでアメリカン一色のなかひとりジャパニーズが登場し当時観客は大喝采。西部劇の中に日本人が紛れ込む光景はかつて日本の名作アニメ川崎のぼる「荒野の少年イサム」の主人公イサムとまさに重なり胸が熱くなったものだ。あの感動もあり、いつかやってみたいと思い今回上演念願が叶った。時は移り今では日本のバレエ団でも上演されるようになったが、失礼ながら出演者全員が日本人で、兄のあの時の衝撃的な姿を思い出してしまうためかどこか違和感を感じてしまう。ただこれはあくまでも個人的感情でもの申しているのでお気を悪くされたらお許し下さい。もちろん作品は素晴らしくバランシン版、堀内版どちらも観ていただきたく、機会あればぜひお楽しみくださいませ。
 

◆2022年 6月

 また梅雨の季節となった。でも舞踊の世界はほとんど劇場や稽古場といったインドア派なのであまり影響はなく、むしろ涼しい方が踊る側にとっては都合がいい。
むかしニューヨークに住んでいた頃はもう5月下旬から夏と行った感じでエアコンもその頃から大活躍で、そのまたむかしモスクワに国際バレエコンクール出場のために6月をひと月近く過ごした時も暑く、夜がなくあの有名なホワイトナイツ・白夜でもあったから睡眠まで気候の違いに慣れなくてはならず苦労もあった。また米国東部のマイアミにも6月に滞在したことがあったが、そこは常夏の楽園で暑くてリハーサルでパドドゥを踊ったアメリカ人の子とそのままビーチに行って海に飛び込んだこともあった。でもそういった経験が大人になって生かされてどんな気候の変化、異常気象でも気持ちが対応できている気がする。つくづく若いうちは旅をし武者修行はすべきだと思っている。

 5月6月は日本でもバレエの春のシーズン真っ盛りといったところで、自分のバレエコレクション公演も必ずこの時期に行うが、各バレエ団も今年はコロナ禍に負けずに賑やかに活動を再開させた。ゴールデンウィークは毎年かならず「バレエコンクール・イン・横浜」の審査員を2日間にわたり務め、若いダンサーたちのフレッシュなチャレンジを今年も見守った。松山バレエ団「ロミオとジュリエット」全幕公演はオーチャードホールでオールスターガラ版を。昨年夏に渋谷グランキューブで上演され出演した清水哲太郎先生演出振付で、熟知しているだけに仲間たちの一挙手一投足を手に汗握りながら応援しながらの鑑賞となった。来年1月に再演されるがまた出演させていただくことが決まっている。佐多達枝先生演出振付「カルミナ・ブラーナ」。これは20年にわたり出演させていただいた作品。壮大なカンカータでさまざまな振付家がこの詩歌のバレエ化に挑んできたがこれだけ長く踊らせていただいただけに国内を代表する振付家佐多達枝先生バージョンが思い出深く、世界で1番だと思い込んでいる。東京だけでなく、名古屋や新潟でも巡演させていただいた。この公演をもって最終公演とされ、最後は残念ながら出演者としてではなく観客となり客席から見守らせていただいた。新国立劇場バレエ団「不思議な国のアリス」、話題のグランドバレエを堪能した。物語が正直バレエにしては複雑で難解なところもあり子どもが本当に楽しめるかは疑問だが、美しい場面の数々で舞台芸術の醍醐味を感じさせてくれた。Kバレエカンパニー「カルメン」。3回目の鑑賞だが完成度が高く、こちらは親友が振付したとあってうれしい。個人の手によって膨大な資金をかけてつくられた功績は大きい。それに引き換え外国産のものを国がバックアップするとは、いくらバレエは国際的なものとなったとはいえ首をかしげるのはわたしだけだろうか。コンテンポラリーダンスの第一人者ともいえる舞踊家・森山開次による「NINJA」も鑑賞。タイトルどおり子ども鑑賞を意識した企画だが、だからといって子ども向けの作風などなく、彼のカリスマ性を充分に感じさせ、作品は台本も主題もないのだが特に後半は芸術性に富んで観客の心を掴んだ。彼も今や円熟期にさしかかっているが、まだまだ新鮮味溢れる活躍をこれからも期待したい。
 

◆2022年 5月

 5月27日金曜日バレエコレクション公演を無事に終えることが出来た。今年も各作品リハーサルもさまざまで、おかげさまで色彩豊かとなり、劇場稽古では幕が上がるたびに玉手箱のようにそれぞれが特色があり、ダンサーたちもリハーサルのなかで次第にそれを実感し踊りにも身が入っていた。
今年で10回目を迎えながら残念なことに1度も本番を客席から観たことがない。自分が出演しているからだが「こんな公演、舞台があったら観客は楽しむに違いない」なんていつも思いめぐらし、ラインナップを構成しながら、そのいちばん楽しみにしている自分が観れないのが悔しい。加えて終演後の感想も聞けずに観客は帰ってしまうし、コロナ禍で出演者にはせっかく観にいらしていただいているのに面会自粛を言い渡しているために親しい方々にも会えずじまいでここ2年は終演してしばらくは何とも言えない余韻を感じてしまう。どこのバレエ団の出演者たちも今はこんな気持ちなのかもしれない。それでも後から制作から聞くと客席はさまざまな顔ぶれが揃っていたようで感謝の念にたえない。親しい友人、舞踊関係者ももちろんありがたかったのだが、日頃このコラムに登場する東西の教え子舞踊学生もこの感染下ながら大挙60名近くかけつけてくれたのもうれしかった。毎年恒例のフィナーレの私の登場シーンで今年はクマが1匹増え、観客が「なんだあの1匹は!」とざわついたそうだが、教え子たちからの贈り物である。彼も(彼女?)も大阪からかけつけてくれました。お前もクマになれぇってことかはわかりませんが…。
さっそく先月SNSのチャコットWEBマガジンでインタビューしていただいた編集長関口紘一先生が公演評を上げてくださった。この感染下で不安を感じてお越しいただけなかった方々、よかったらご一読下さい。来年こそはこの渦中が収まり安心して観に来ていただけることを祈っています。
 

◆2022年 4月

 東京新聞主催全国舞踊コンクールは10代の頃の思い出がある。バレエ・ジュニア部門で何度も出場したが、一番印象に残っているのは高校2年生の時、生意気盛りで周囲に大会前から「絶対に1位を取る!」と公言して臨むほど根拠のない自信に溢れていてほんとに今思うと恥ずかしくて情けない態度でバチがあたり、結果は2位。1位は現在新国立劇場バレエ団芸術監督の吉田都さん、彼女は当時からバランス、回転力は抜群ですばらしかった。そしてライヴァル関係にあった1つ年上の大倉現生君は3位、同じ1つ年上の貞松正一郎君も入賞1位と凌ぎを削る展開で今思うと貴重な経験であった。
そんな縁もあり主催者から審査員の依頼で今は審査員を務めているのだが、今年3月群舞部門に大阪芸術大学舞踊コース生4回生全員を出場させた。教える大学舞踊学生をコンクールに出演させるのは21年間勤めてきて初めてでもともと東京新聞コンクール担当事務局長から「堀内さんのようなバレエの群舞を審査する部門をつくりたいので審査員になってくれませんか」と話しをいただいた経緯があり、以来部門開設以降ずっと務めてきたが、実際にはほとんどがモダンダンス系の参加者がエントリーされていた。なかなかバレエがエントリーされない責任感もあり、またコロナ禍でも教え子たちは負けずに勉学に励んでいることもあり、そんな姿を東京の観客に見せたい思いもあって出場させることにした。コンクール審査前日に大阪より東京入りし、バレエスタジオHORIUCHIでリハーサルを入念にして、翌日コンクールに臨んだ。本番はさすがにダンサーは大学外で初めて踊ることもあり、踊り出しは緊張感を感じたが、徐々に日頃の力を発揮出来栄えとしてもよい踊りを披露してくれた。しかしながら結果は目標の入賞に届かなかった。出場を決めた当初は初陣として出演することに意義を持つことで全うするつもりだったが、みんな努力を重ねるうちに腕も上がり、いつしか結果を残そうという意気込みに変わってきただけに、アンコール公演に出演できるベスト3に入れず表彰式でも彼女たちの落胆した表情を見るのが辛かった。
 ところが、数週間後、同じコンクール審査を務めた秋田舞踊祭主催者でおられる川村泉先生より大学舞踊コースに出演依頼の連絡が入ったのである。川村先生は舞踊コース4回生が踊った「Flowers」の出来を評価して下さり、12月にある舞踊公演でぜひ踊ってほしいと。世の中にこんなことが起こるのかとこの連絡をメールを何度も読み返し涙が出てくるほどの嬉しさがこみ上げてきた。もちろん早速このことを本人たちに伝えたがコンクールから戻った当初はひどく落ち込んだ様子でどうしたら立ち直ってくれるだろうかとばかり思い悩んでいたのだか、その吉報を聞き一気ににこにこした表情に変わった。新学期となり最上級生となった彼女たちにとって最高のプレゼントとなったことは言うまでもない。この機会を教え子たちと人生の中でも数少ない貴重な経験となるよう全うする所存である。
 

◆2022年 3月

 今年の2月も体が冷える。ダンサーにとっては体調管理が難しい季節だが、北京オリンピックではフィギュアスケートは氷上でわれわれと同じような薄くて柔軟性の効く衣裳に身をまとい華麗に舞う。私のバレエ作品でもタンクトップにクラシックチュチュ、あるいは短いスカート付きレオタードだったり薄着で保温性は無く、舞台直前まで上着が離せないことが多い。でも身体のイデアこそがバレエの美学でもあり、人々の心を揺さぶるのだ。ダンサーは季節にとらわれず常々身体、体調のコンディションに気を遣わなければならないのである。

 2月下旬今年も恒例の大阪芸術大学舞踊コース生70名による第37回卒業舞踊公演を上演した。芸術監督を務めてちょうど20回目となった。ふつうプロ野球でも監督を10年務めるのは偉業で日本ハムの栗山監督も10年の節目を持って昨年退任された。この公演の初代芸術監督であった横井茂名誉教授も17年務めて退任され、誰かこの小生をたまにはほんの少しでも労いの言葉をかけてくれるひとが現れるといいのだがなぁ。
 今年2月の公演では前号までに伝えたとおり、フランスよりパリジェンヌたちのの喜び、ロシアよりチャイコフスキー組曲、アメリカよりウエストサイドストーリー、ブラジルよりサンパウロ組曲と世界各国の音楽による作品ラインナップとなり少々悦に入ってしまうほどの華やかさで、ダンサーたちは豊富な練習量を経て完成度の高い作品つくりあげ踊り抜いてくれた。巷では折りしも映画「ウエストサイドストーリー」がリメイクされ話題を呼んだがそんな時と上演が重なり、私や出演者たちの意気も高揚したのは言うまでもない。「チャイコフスキー組曲」も中国出身の美術学生デザインによる舞台装置が新たに彩られ、シンフォニックバレエをさらに視覚的に美しさを高めた。京都で活躍するピアノ音楽家宮下和夫先生が本学非常勤講師を退職されるラストワークとして、彼自身がブラジルを訪れたときに作曲された甘味な旋律溢れる「サンパウロ組曲」から選曲し、「サンパウロの空の下で」を新たに振付し発表させてもらった。宮下和夫先生の生演奏と純白なレオタードに身を包ませ踊る舞踊生女子ダンサーの重なる姿が印象派の絵画のような雰囲気を醸し出し観客の心を温めた。そして再演を重ねてきた亡き母が衣裳製作を手がけた「パリジェンヌたちの喜び」を今年も卒業ラストステージとして4年生ダンサーたちがフレンチカンカンを華麗に舞った。
この大学舞踊公演も、また東京で展開する堀内充バレエコレクション公演も古典バレエ作品に依存することなく、すべてオリジナル作品を上演することを目指してきた。公演のフィナーレで心を込めてレヴェランスをする彼女彼らの姿を目に焼き付けながら(仕方なく自分ひとりで労いながら?)惜しみない拍手を送らせてもらいました。

 さあ、来月からは今年10年目を迎えるバレエコレクション公演の準備にかかります。愛するバレエダンサーたちのみなさまよろしくお願い致します。そしてまた今年もかけつけて下さる観客、読者の皆さまもうしばらく公演まで楽しみにお待ち下さい…。
 

◆2022年 2月

 今年の冬は寒さが身に沁みる。東京が大雪の時は大阪にいたので大丈夫であったが、数年前に大学の通勤で積雪のために車が動かなくなり、愛車を一晩路上に置き去りにした恥ずかしかったことが脳裏に浮かぶ。それでも屋外と室内の寒暖差は人間の温もりを感じさせてくれる。中学、高校生時代にアメリカやスイス、ロシアへバレエコンクールや研修で真冬によく行ったものだが、雪が降り積る厳寒のなかでも建物やとりわけ劇場の中はとても暖かくポカポカして西欧の生活習慣の豊かさを実感した。当時日本はまだエアコンも発達していない頃で室内も寒くこたつの中でじっとしていたことが当たり前だった時代でバレエが生きる国々の文明の高さに憧れたものだった。今でこそ日本も室内は温かいのだがたまに寒暖の差を感じるほどの部屋に入るとあの頃の温もりを思い出す。今は亡き父と母が付き添いで一緒に旅行してくれたことやバレエに向かう夢も大きかったことも… 。

 年明けに続き劇場鑑賞が止まらない。能楽・不朽の名作「高砂」と「羽衣」を国立能楽堂で鑑賞した。名門梅若家による研能会で上演されたが、中でも「羽衣」は夢幻で美しく能楽を超えさまざまな芸術分野でこの題材が取り上げられバレエでも内外の振付家が挑んでいる。今回は梅若紀佳が舞を披露したが落ち着きのある一挙手一投足で魅了し、26歳の若き女流能楽師の今後に期待したい。

 本職のバレエ公演も足繁く通い、新国立劇場バレエ団ニューイヤーコンサート、松山バレエ団新春公演、Kバレエカンパニー公演と渡りバレエ三昧となった。東京シティバレエ団も行く予定でいたが新型ウイルス感染下で公演中止となり心が傷んだ。
  「テーマとバリエーション」は新国立劇場バレエ団登録ダンサー時代にも上演されたが出演機会には恵まれなかった。師である振付家ジョージ・バランシンの名作でニューヨークのバレエ学校時代何度も観た作品。あの頃は年上の先輩ダンサーたちが踊っている姿に憧れを抱き、今は下の世代の若いダンサーが踊る姿を目に触れ、こうしてバレエ作品が時代とともに受け継がれていることに感慨を覚える。人間はいつまでも踊り続けることはできないけれども下の世代に継承させていくことが芸術家として使命でもあるのだと感じさせてくれる瞬間であった。
 「シンプルシンフォニー」もまた私の好きな作品のひとつ。親友の熊川哲也君の数少ない短編シンフォニックバレエ作品だが、お洒落で実にかっこいい。踊るダンサー、振付、衣裳、舞台美術すべてがセンスよく高い美意識がたまらない。この日プリンシパルダンサー成田紗弥が美しいポールドブラと足さばきで観客を魅了した。この作品はアシュトン作品かと見間違えるほどの国際的感覚に溢れロイヤルバレエ団でも上演すべき作品でもある。また新作ロマンティックバレエ「クラリモンド〜死霊の恋」もすてきな出来栄えであった。果たして舞踊評論家でもここまで原作を把握していただろうかと思うほど振付家としての見識の高さも舌を巻く。主人公を演じたバレエ団新加入プリンシパル日高世菜の非凡な才能も開花させダンサー想いの彼の側面も感じられた。
 ちょうど1年前東京で踊らせていただいた松山バレエ団・清水哲太郎先生演出・振付「新白鳥の湖」全幕も堪能させていただいた。今回の主役は昨年夏に全幕「ロミオとジュリエット」で上演されたように入れ替わり立ち替わり主人公を黄金リレーで繋いでいく形式のもの。2年間バレエ団で共にレッスン、稽古を積ませていただいた素晴らしき仲間のバレエ団ダンサーのみなさんの熱演に心打たれた。清水哲太郎先生の白鳥の湖に対する造詣の深さに匹敵する専門家もいない。言うまでもないが皇太子ジーグフリードを踊らせていただいたことは私の一生の宝である。

 下旬にはふたたび半ば私の趣味となっているオーケストラ鑑賞。何度もこのコラムに登場する大好きな大阪フェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団演奏会が「アメリカンプログラム」と題してジョージ・ガーシュイン特集が組まれ、これは聴き逃すまいとちょうど来月卒業舞踊公演でウエストサイドストーリーを踊る教え子ダンサー女子学生20名を学外授業として、夕方まで大学でレッスン、リハーサルをしたあとに大阪地下鉄に乗り継ぎながらフェスティバルホールに乗り込んだ。毎年大阪芸術大学演奏会はやはりフェスティバルホールで上演され、演奏学科学生が演奏する姿を舞踊コース生総勢で聴くのだか、ここ2年このコロナ禍で演奏会はなく、そんなこともあり1学年だけではあったがよい機会となった。演奏会は鑑賞席はふつう5千円前後なのだが、大学生は何と千円のみ。それが大阪フィルのすばらしい姿勢でもあり、この日は楽団の配慮もありフェスティバルホール客席横一列ずらっと並び鑑賞した。この日は名曲「ラプソディ・イン・ブルー」を聴くことが出来たが、大学舞踊公演でも振付したレパートリーでもある。ピアノ演奏は中野翔太。ニューヨークの名門ジュリアード音楽大学出身だけあってアメリカナイズされた演奏ぶりを堪能。ヨーロッパで研鑽を積んだ演奏家は西欧の音楽を得意とするように、アメリカで学んだ彼の演奏スタイルはガーシュインを知り尽くしているのかもしれない。ところで私がニューヨーク留学時代、バレエ学校はこのジュリアード大学の構内のなかにあった。大学食堂はひとつでバレエ学生と音楽学生とよくとなり合わせでランチを食べていた。時代は違うが彼もあそこで青春時代を過ごしていたのかなぁなんて思いめぐらしているうちにどこか親近感を抱き、演奏後の彼の姿に教え子たちと共に惜しみない拍手を送った。
 

◆2022年 1月

 2021年も終わりとなった。12月21日に大阪芸術大学舞踊コース学内公演を終え、終演後全舞踊教員と全舞踊コース生による1年の総括となるミーティングを行い、その後一斉に大学冬期休暇に入った。大学生は学業から離れ骨休みとなるが、このコロナ禍で少しでもゆっくり休んでもらえればうれしい。
個人的な話に移るが小生は昨年一昨年と松山バレエ団公演の全幕公演出演のためのリハーサルが年末年始休まず続いていた。つい2年前まではバレエ「くるみ割り人形」全幕バレエ公演の演出・振付が毎年クリスマスに必ずあり、新年は青山劇場主催のファミリーオペレッタ公演の振付、バレエコンクールの審査員を務めたりと年末年始はここ20数年余り多忙な日々を過ごしていた。そんなこともあり今年はこの状況下でもあり、また健康管理も考え休暇を取らせてもらった。といっても舞踊家としては骨休みしても大学教授として研究はやりたい。師走のなか走りくぐり抜けるようにあちらこちら劇場鑑賞に奔走した。
 演劇公演で毎回楽しみにしているパフォーマンスユニットTWT「Nice buddyー駆け抜けて激情」が中旬から下旬にかけ上演された。かつて玉川大学芸術学部舞踊公演で助手として私の舞踊作品を支えてくれた木村孔三君が、今やこの劇団の主宰者として演出活動をしており公演にはいつもかけつけており2年ぶりに鑑賞させていただいた。ユーモアたっぷりでまた落としどころもしっかりと演出され、舞踊を慕ってくれた当時のまま、今回も踊りの場面が挿入され期待を裏切らずたまらなく楽しませてもらった。
 松山バレエ団は恒例のくるみ割り人形全幕。昨年3月新白鳥の湖を松山バレエ団公演で踊る予定だったが新型ウイルス感染拡大で中止になった神奈川県民ホールでクリスマスイブに上演された。2年間バレエ団と共にした時間が多かったこともあり、仲間意識というかそんな親近感があり、感慨深く観させてもらった。2幕のお菓子の国の美術がとても素敵でまるでベルギーのチョコレートの包装紙のように色彩豊かで観客もその場面になるとあまりにもその美しさに息を呑むほど。清水哲太郎先生の演出も際立ち、ラストのクララとドロッセルマイヤーの別れの場面でもクララが別れを惜しんで泣き続けて幕となる。人間の心理の核心に触れたシーンで感動せずにはいられない。
 NOISM・Nigata 東京公演では「境界」を主題に金森穣・山田うんによる振付作品を、12月26日池袋にある東京芸術劇場で上演された。金森穣君は昔父のスタジオで私が教えていたジュニアクラスに通ってくれた教え子のひとりであった。クラシックレパートリーのバリエーションなどを丁寧に教え、発表会では私がかつて着ていた自前の王子の衣裳を着させて踊らせたこともあり、今となってはよい思い出。その後ベジャールのもとで研鑽し、アジアを代表するコリオグラファーとなりダンスカンパニー・ノイズム新潟を拠点に活躍を続けている。お父様の金森勢先生は私の叔父的な存在で、父が主宰したユニークバレエシアターのトップダンサーとして、また俳優やフジテレビ人気子ども番組「ピンポンパン」のお兄さんとして活躍、人気を博していた有名人でもある。今でも親交が続き大阪芸術大学卒業公演にもかけつけてくれたほど。今回拝見した公演では家族席の1席をわざわざ取って頂いた。穣君作品はさすが一流の振付家とあって緻密に練られ、映像を交えた手が込んだものでとても見応えがあった。

 年明けて東京文化会館大ホールでニューイヤーコンサートと銘打った演奏会にも出かけた。演目はラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番、ジョルジュ・ビゼー「アルルの女」ほかで指揮者は飯盛範親、ピアノ演奏は萩原麻美未であった。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は美しい音楽で魅せられバレエに幾度となく使用したことがあり、この演奏会で聞くことを楽しみにしていたが、期待どおり実に旋律が甘味でしっとりと聞くことが出来た。萩原麻未の演奏は定評どおりアカデミックでなおかつ力強く魅力に溢れて素晴らしいものであった。

 私の祖父がつくった掛け軸がバレエスタジオに飾られており、そこには美しい楷書で書かれた言葉がある。
 「踊りは無言の音楽 音楽は見えざる踊り ジャンパウロ 父学半書」
これは学半・祖父が舞踊家を志した息子である父に授けた書なのだが、この心に沁みる言葉が今回の2週間にわたるさまざまな分野の劇場鑑賞のたびに脳裏を横切り、素敵な思い出となった。
 

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