バレエダンサー・振付家・大学教授として活動を続ける堀内充の公演案内です。

  • ●2014年12月

    10月は芸術の秋と謳われているのだか、正直言ってこの季節それを実感するほど芸術に浸ったことは普通のひとはあるのだろうか。おそらくそんなひとは評論家やジャーナリストとして仕事として招待券を手に取って劇場に出入りするほんの一握りの人間たちに限られているのではないか。スポーツのように時間かけて勝負するものと違い、芸術鑑賞は四季問わずするものであってほしいものだ。この10月に5本ほどバレエ公演を拝見しながらそう思った。

    そんななか一番印象に残ったものはKバレエカンパニーのバレエ「カルメン」であった。舞踊・美術・音楽の三位一体の躍動が感じられた。いつも思うことだが、よい舞台に出会いながらその後の舞踊関係のメディア・書籍などの評論を読むとがっかりすることが多い。いちばん聞きたいのは身近な観客としての声を聞きたいのであって、くねった言い方してほめたり、あるいは中傷したりするものなどは読みたくもない。舞踊家でありながらふたつの大学で教壇に立ち文章に触れる仕事も多く、それらの評論を読むと首をかしげることが多い。

    ふたつの大学でそれぞれ学内舞踊公演があった。手掛けたものは大阪芸大ではラ・バヤデール幻影の場で、毎年のように上演しているが、バレエ学生の頑張りはもちろんだか、舞台美術学生約20名もこのシーンをオリジナルデザインし、わずか1名しか選ばれない舞台装置実現に向けてしのぎを削る。競争がはげしいだけあって毎年素晴らしいセットに出会える。弱冠二十歳の描くバヤデールのヒラヤマのシーンは実にみずみずしい。今年も舞踊コース生たちは見事にバヤデルカ、ソロルを演じたことも付け加えておきたい。

    玉川大学舞踊公演では能の“胡蝶”をバレエ化に取り組み「blossom」と名付けた作品を振付し上演をした。こちらも梅の木の装置や精たちや女性法師の衣裳や効果音まですべて同じパフォーミングアーツ学科生によるもので、こちらも若さ溢れる創造性ゆたかな舞台となった。国内の文化祭や芸術祭といったものは出品者のみが評価される対象なのだか、今は名もなき彼女彼らたちが作り上げるものこそが未来に向けた芸術創造の源であるはずで、評論するひとたちはそんな彼女たちを評価すべきでこのような瞬間に立ち会って広く芸術を愛するひとたちに伝えてほしいものである。

  • ●2014年3月

    2月下旬に第29回大阪芸術大学卒業舞踊公演が行われ、今年も500名を超える観客が集まり、盛大に行われた。今年度卒業生による卒業制作作品や、「ジャズコンチェルト」「カルメン」「グラズノフスィート」といった私の振付作品などを上演させていただいた。4学年総勢80名近くの全舞踊コース生出演によるもので、一昨年まで大阪国際交流センターという市内で学外公演を行っていたが昨年から大学内の専用劇場で上演となった。大学舞踊コースの高いレヴェルをもっと知ってもらうためにも再び学外公演で上演したい想いもあるが、舞踊コース生はこの公演に対して自分自身のキャリアのなかでももっとも大切なものと位置づけ、全身全霊を持ってのぞんでくれたことが素晴らしく、今や公演名物となったフィナーレで光り映し出される彼女たちの姿に今年も胸が熱くなり、幕が下りるまで観客は惜しみなく拍手を送っていた。この模様は今年も芸大テレビでも収録し、今でもネットで配信しているのでぜひ覗いてもらいたい。

     
    堀内元・堀内充バレエコレクションと題した公演を今年も5月に行うことになり、さっそくそのリハーサルを開始した。

  • ●2014年2月

    今年の冬は寒く冷たかった。特に乾燥した空気が身にこたえる。ダンサーにとっても保湿は大切だが、ニューヨークにバレエ留学していた頃、今こそ温暖化であまり降らなくなったが、当時のニューヨークはもともと日本の緯度では青森あたりであることから冬になると雪がよく降り、バレエ学校の授業を終え外に出るとまだ汗で湿っている髪の毛が瞬く間に凍ってしまうほどだった。しかしアパートに戻るとスチームという暖房設備があり、これはニューヨークのどこのアパートもそうであったが管理人の判断で勝手に入れられるので部屋はポカポカ暖かく、時には外は雪なのに中はTシャツ1枚なんてことはしょっちゅうであった。蒸気がわき出てくるので、ダンサーにとってはありがたく、モスクワのホテルでも同じような体験をしたことがあり、欧米人の生活にカルチャーの違いを感じ、当時ダンサーの実力差もこんな生活環境からもあるのだと思ったものだった。今はエアコンで自分たちの意思で温度調整し、加湿器までそろえなくてはならず、必ずしも昔は不便なことばかりではなかった。

    ローザンヌ国際バレエコンクールで今年も若き日本人がたくさん大活躍したことが大きく報道されていた。素晴らしいことで、むかし私も吉田都さんとダブル受賞し、今ほどではないがテレビや新聞に取り上げていただいた。しかし、あの頃を振り返るといい思い出ばかりではない。日本で受賞によって周囲にもてはやされ、意気揚々とニューヨークに留学したが、バレエ学校に入ると誰も自分がローザンヌ受賞者だとは知らず、それどころから全米やヨーロッパから学校オーディション(日本でいう入学試験)で選抜されて集まった優秀なダンサーばかりで、自分より2倍ぐらいの体格や美貌な者ばかりで圧倒されてしまった。ローザンヌで1番2番になっても学校ではその他大勢のなかに過ぎず、その年の最後の学校公演でも主役どころか、出演できるのが精一杯であった。ただこんなたいへんな想いにさせられたのは自分自身の甘えもあるが、日本の報道があまりにも掻き立てすぎたことも一因だったかもしれない。今、まさに今年の様子もそうで、テレビでも大げさに「世界一おめでとう!」とか言われていた。あくまでもローザンヌコンクールは本当に優秀なダンサーはすでに世界一流のバレエ学校に所属していて出場していない。コンクール受賞はダンサーにとってはスタートラインに立ったに過ぎず、バレエ団に入って主役を射止める保証はどこにもない。どうか周りはほどほどに祝福して今後の彼らを見守ってあげてほしいと願うのである。

  • ●2014年1月

    今年も秋から冬にかけて多くのバレエ・ダンス公演が盛んに各地で上演されている。ローザンヌコンクールで奨学金を得て付属のバレエ学校を卒業したニューヨーク・シティ・バレエ団も来日し、バレエ界は大いに賑わっている。そんな中ふたつの大学公演で私も初演再演ものを含め3つの振付作品をつくり、ダンサーたちと共に汗を流した。
    またクリスマスシーズンにもバレエ「くるみ割り人形」堀内版全幕を今年も栃木県宇都宮で上演を果たした。今年も王子役は牧阿佐美バレエ団のプリンシバルダンサー京當侑一籠君が務めてくれた。

    日頃からダンサーにはしっかりと観る側に立ち、自己と他者の目で自身を見つめて踊るよう伝えている。「楽しんで踊りたい」などと最近はすぐ口にするようになったが、かつてはそんなこと言える空気は若い世代にはなかった。でもそれは悪いことではなかった気がする。もちろん今や人は楽しみたくてプロもアマチュアも舞台に立つ。しかしバレエは舞台芸術におけるものであり、テレビやイベントで繰り広げられる”だんす”とはかけ離れた芸事の世界にある。踊りが多様化した今こそ、バレエを教える側はしっかりと技術だけでなく、接するためのしきたりやマナーまで厳しく教えなければならない。私が教える大学でもバレエの敷居をつねに高くしており、ドレスコードもヘアスタイルのシニオンはもちろん指定し、レオタードとタイツのみでスパッツなどダンスメーカーが商業向けに宣伝しているスタイルは一切許していない。大学や専門学校で学ぶダンサーたちはいずれ指導者になることを視野に入れているはずで、それを怠ると、楽しむ”だんす”と一色単にされてしまうだろう。バーレッスンの最中に水を飲んで受ける姿勢もフィットネスクラブやカルチャーセンターが健康法を謳っているに過ぎず見苦しく映る。私が若い頃に受けてきたパリオペラ座バレエ学校、ボリショイバレエ団、キーロフバレエ団、スクール・オブ・アメリカン・バレエでもバーでゴクゴク飲んでいる優秀なダンサーはいなかった。「今は時代が違うわよ」と言いたい者は言えばいい。こちらは一流になるための手段ではないよと言っておくし、ビジネスに利用されている自分に気づかずお・ど・ら・さ・れ・続ければとつけ加えておく。

  • ●2013年12月

    まさか自分が大学の教壇に立つなど思いもよらなかった。十代の頃、夢中になってローザンヌやモスクワのコンクールに挑んでいた頃から思うと隔世の感がある。三十代のはじめに日本音楽高校でバレエの特別授業を初めて受け持って以来、今は准教授を務める大阪芸術大学舞踊コースをはじめ内外の舞踊系大学・高校で教育にたずさわっている。
    現役ダンサーでいる自負から実習・演習であるバレエのレッスンや振付作品の授業はもちろん私の得意科目であるが、文字通り教壇に立って教える「舞踊論」の授業は四十代になった今では力が入り、舞踊を専攻する学生も多く耳を傾けてくれている。実は私はバレエはロマン主義者で古典主義とは異なった持論を授業で展開している。哲学的ではあるが舞踊史をとおしてバレエを解剖し、現代・現在のバレエの在り方を把握させ、未来のバレエの方向性を学生自身に探らせている。
    残念ながら日本人の8割はいわゆるクラシックバレエをバレエと思い込んでおり、実際私も若い頃は何となくそう思い込んでいたし、今もコンクールで入賞する若者たちですらほとんどそう感じているだろうが、これには警笛を鳴らしている。最近こそロシアのバレエ界は気づき方向転換したが、今や国際的にバレエの流れは古典主義から脱却している。しかし、せっかくダンサーの国際化が進む国内のバレエ界はいまだにそれを受け止めていない気がするのである。私の若い頃はまだ国立バレエ団もなく、未来のバレエについて同士の仲間とよく朝まで語り合ったりしたものだ。今の世代のダンサーも恵まれた環境に甘んじることなく、つねに「これでいいのだろうか」という疑問を持ちながら歩んでほしいと願って授業を続けている。

  • ●2013年11月

    合唱舞踊劇と題してカール・オルフ音楽の「カルミナ・ブラーナ」全曲を舞踊家佐多達枝先生がバレエ作品としてオーケストラ・コーラス・舞踊の三位一体による公演が今年も10月に上演され、それに今回も出演させてもらった。20年近く前から上演を重ねて8回目となり、全公演に出させていただいた。自分のバレエ人生のなかでもっとも長く踊り続けた作品で感慨深かった。昨年に続き国内最高峰のバレエ・オペラの殿堂・メッカである東京文化会館で踊れたこともうれしかった。

    大阪芸術大学舞踊コースの卒業制作公演が今年も11月1日に行われた。この公演のために舞踊コース4回生(関西の大学では学年の呼称は〇年生ではなく〇回生とよぶ。つまり4年生の意)は半年間ほぼ毎日この公演のためにレッスンや振付、リハーサルに明け暮れた。わずか18名が作品づくりから踊り・衣裳・パンフレットまで、すべて制作から上演まで行う。今年の舞踊作品5作品はすべて素足のモダンダンス手法によるもので、コンテンボラリーダンスとも呼べなくはないが、舞踊コースの作品づくりの主幹は舞踊史をとおして過去から未来を見つめ舞踊創作させるアカデミックな創造性を求めている。舞踊大学における舞踊教育を念頭においているのであまり感性だけを頼りに自由奔放につくらせることはせず、さまざまなカリキュラムのプロセスで得た知性を発揮させている。今年も彼ら彼女たちは長い稽古期間のなか、仲間と共に汗を流し、また時に仲間同士で衝突して涙を流し見守る側からみてもつらい側面もあったが、どの作品も力作で、公演を立派に上演させた。終演の際のカーテンコールでは涙なみだで後輩たちから花束を受け取る姿が深く印象に残った。

  • ●2013年10月

    9月に入りながらまだまだ夏の季節感が漂い、また稽古場も蒸し暑くダンサーは相変わらず汗をたくさんかきながらのリハーサルが続く。
    9月上旬の3日間で、大学舞踊コース4回生の卒業制作公演で上演する私の新作「ジャズコンチェルト」を振付をした。この音楽はハワード・ブルーベック作曲、レナード・バーンスタイン演奏のオーケストラ用のジャズ作品で、私の父がこよなく愛した音楽である。かつて私がローザンヌ国際バレエコンクールでプリ・ド・ローザンヌ受賞した際に記念公演をひらいてくれて、その時にも踊らせてくれた思い出深い作品である。そんな父のためにもこの音楽を使用したく、新しく振付をした。日程上、毎年卒業公演に私が4回生にブレゼントする作品は3日間で仕上げなくてはならず、とてもハードワークである。さすがに今年は重量感あるものだけに1日オーバーして4日間かかったが無事完成することが出来た。ダンサーたちの頑張りを労って稽古後の夜に天王寺界隈のお店で4回生全員と乾杯しながら夕食を共にした。なんとサブライズがあり、宴の終わりで私にバースデーケーキをプレゼントされてしまった。何だか気恥ずかしかったけれど、教え子の温かい感謝の気持ちが心にしみた夜でもあった。

    9月中旬には振付家上田遥によるダンスリサイタル特別公演が東京・亀有リリオホールであり、久しぶりに彼の公演に出演させてもらった。彼は現代舞踊・バレエ・多ジャンルダンスといった幅広い分野の舞踊家として長く活躍されている私の兄貴分的存在で、ずっと親しくさせていただいている。まだ新人だった頃、高名な舞踊家でおられた横山はるひ先生の誘いを受けバレエ「ピノキオ」に主演した際にも(彼もまだ20代だったのにケペットじいさん役で)主要な役を分けあった懐かしい思い出もあり、普段はつねに踊りに対してとてもストイックな姿勢でダンサーに対しても厳しく稽古に挑んでいるのだか、今回の公演パンブレットでは当時の写真を掲載してくれた心優しい一面があり、あらためて感謝している。今回の公演でも東京シティバレエ団バレリーナの橘るみさんとデュエットを共演させていただいたが、私と彼女になんと新作を振付していただいてこちらもその誠意に感激し、精一杯踊らせていただいた。本公演は彼の舞踊家生活30周年記念でもあり、2回とも満席で大盛況であった。

  • ●2013年9月

    今年の8月は暑く感じることが多かった。暑いのは職業柄汗をかくことが多いので気にならないのだか、さすがにこれほど猛暑が続くと、周りの暑がる人の姿を目の当たりにしてこちらも以心伝心のように「もう、たまらない」と思うようになってしまう。

    そんな天候のなか、念願の清里フィールドバレエ公演を観ることが出来た。親交深い今村博明先生と川口ゆり子先生ご夫妻のバレエ・シャンブルウエストによるジゼル全幕を拝見した。野外劇場ということもあり、上演中に本物の花火が打ち上げられ、また2幕のウィリーたちがホリゾントがないうしろ正面の下から本当に墓場から現れるように登場したりと演出が素晴らしかった。そんな中ラストでは本物の小雨がちらちら降り出してしまい、客席は合羽姿になり始め、それでも必死になって濡れた舞台にめげまいと踊るダンサーたちのその懸命な姿にも感動し、忘れられない鑑賞となった。ご夫妻の功績を称えずにはいられなかった。ぜひ来年も訪れたいと思う。

    今年夏もっとも力を入れたY.S.バレエカンパニー公演「白鳥の湖」全幕公演を無事上演することができた。全幕振付といっても2幕と3幕の数曲はプティパ/イワノフ版を用い、バレエミストレスの岡林ひろみさんに振り移し・ステージングをしていただいたので完全なるオリジナルではないのだが、白鳥の湖を演出・振付をさせていただいたことは貴重な経験となった。
    この作品はダンサーとして道化役で新国立劇場バレエ団、東京シティバレエ団、日本バレエ協会公演で数多く踊らせてもらい、そんな“道化の視点”からも作品づくりを行ったが、やはり春にフランス研修旅行で見聞した経験が大きかった。私自身グランドバレエに対しては徹底的にロマン主義を貫いており、そんな姿勢に毎回理解を示して臨んでくれるバレエ団のスタッフ、団員および男性ダンサーに深く感謝している。4幕のオデットの投身後の王子とロットバルトの闘い、そして原題の「Le Lac de Cygnets/白鳥の雛たちの湖」を重んじてゴールドバレエを主軸に置いた魅惑的なラストシーンを出演者が見事に踊り演じてくれて幕が下りた。

    大阪芸術大学主催の音楽会であるプロムナードコンサートに、大学オーケストラや音楽バンドに交じって舞踊コース3回生21名も花のワルツをオーケストラを背に踊らせてもらった。なら100年ホールとう劇場で上演したがアリーナのように観客席が大きく、そこが満席になるほど多くの方々にお越しいただき、この日一番といえるほど大きな拍手をいただいた。それほどオーケストラとダンサーたちとが、また音楽と振付が一致して実を結んだ出来映えであった。

  • ●2013年8月

    1年でもっとも忙しい季節が今年もやってきた。夏の風物詩が好きで、若い頃5年ほど日本を離れていたときに懐かしく想うものがいつも「夏」や「和」を感じさせるものであったから毎年「今年夏はどんな風物に出会うのだろうか」というのが楽しみでもある。

    夏の舞台のトップバッターは大阪芸大キャンパス見学会のなかで芸大芸術劇場で2日間行われる上演会で、自作の「グラズノフ・スウィート」を舞踊コース2年生16名が溌剌と踊ってくれた。文字どおりロシアの作曲家アレクサンドル・グラズノフが作曲した音楽を引用し、20分弱のシンフォニックバレエに振付たもの。グラズノフは巨匠マリウス・プティパと組んで名作ライモンダをつくったことで知られているが、私はダンサーたちによく「ニセプティパだ!」と笑わせながらゲキを飛ばしている。でも今回もしっかりと彼女たちは期待に応え、みんな笑顔満面に踊り抜いてくれてたくさんの拍手を受けた。むかしは明るい主題でも笑顔をつくることなく踊る子たちが多かったものだが、今の時代リハーサルでも笑顔を欠かさずに稽古に取り組むのが不可欠になり嬉しいことである。「舞台人とはなにか」ということが初期設定であることが今後も続くことを願う。それにしてもこの作品を踊ってくれた学生ダンサー16名はまるで石鹸の泡がはじけるような?豊かな表情と動きがとても愉快で新鮮で、3ヶ月間のレッスンと稽古の成果が表れてうれしかった。

    ひとから「夏休みはいつからぁ?」とかよく顔を斜めにして聞かれる。おもに地元東京を中心とする面々からなのだが、悪いが私が務めている舞踊コースはほとんど”大学の授業”という印象とはほど遠く、われわれも舞踊コース生73名もバレエ公演を達成させるために全国から集まってきた集団のようなものなので、大学の正規授業があろうと終わろうとお構い無しと言った具合にリハーサルに取り組み、舞台を迎えて脚光を浴び踊る。バレエ団と全く変わらぬ姿がそこにはあり、それこそが芸術大学の本質であるのかもしれない。8月にあるさまざまな行事に向け稽古や準備に追われるなか、7月下旬は大阪城公園にあるシアターブラバ!という劇場で同じく大阪芸大の舞台芸術学科の学外ミュージカル公演が2日間にわたり上演された。演目は「真夏の夜の夢」でウィリアム・シェイクスピア原台本の作品のミュージカル化したものである。3年前に同名のバレエ全幕作品を大阪のY.S.バレエカンパニーで振付したこともあり、その作品に一部とはいえ、バレエシーンを手掛けさせていただきとてもわくわくしていた。振付した場面は2シーンでそれぞれ12、3分ではあったが、ストーリーを予期させる“プロローグ”と有名すぎるメンテルスゾーンの“結婚行進曲”であった。どちらもポアントワークの古典美学を全面に出した作品にし、今度は1学年上の3年生男性4名女性17名がところ狭しと舞台縦横に踊りを展開し、大きな喝采を受けた。振付も決してノーマルなものにとどまらず快活にし、それがかえってこの演劇作品にフィットしていたようにも思えた。
    そこでひとつ。このコラムで「大きな拍手」とか「喝采を浴びた」とか表現することが多いのだが、断っておくがこれはどれも過大表現ではない。事実を伝えているだけである。それを疑うならどうぞこの大学舞踊コースの公演にお越し下さい。あっそうそう、忘れていたが夏の風物に早速出会うことができた。JR大阪城公園駅からシアターブラバ!までは公園の砂利道をザクザク音をたてながら7、8分ほど歩かなければならないのだか、今年も3日間毎朝ギラギラ暑い日差しのなか、林立する木に大量に止まるセミが大きな鳴き声を発していて、それをよけることもできずに聞きながら汗をかき劇場まで歩いた瞬間が、まさに「夏だな」と感じさせてくれた。・・・そんなものかと思われたらすまないすまない。

  • ●2013年7月

    6月はバレエ公演・舞台の本番をこなしながら振付リハーサルにも明け暮れた。大学で上演するふたつのバレエ作品と大阪を本拠に置く若いバレエ団Y.S.バレエカンパニーによる「白鳥の湖」である。大阪芸術大学舞踊コースはバレエ、ダンスを専門分野として学ぶ者たちの集まりだか、まだまだ世の中?の人たちは私が主任を務める本コース学生の存在をわかっていない。彼ら彼女たちの姿勢・視線は真剣であり、最近の若者たちの甘い姿はそこにはない。私の方こそ緩んだ気持ちでバレエ作品の構築をするとすぐ悟られてしまうのでこちらも毎回手を抜くことなく取り組んでいるのだ。はい。
    白鳥の湖は1幕と4幕の振付に熱が入っている。長く東京シティバレエ団や新国立劇場バレエ団で道化役を踊り、評価を受けた自信の役でもあり、第1幕で大暴れ?したのでその景には力が入る。また第4幕は堀内版の最大の魅せ場として位置づけているのでこちらも振付を受けてくれるダンサー、そしてバレエミストレスの方々との熱い作業が続く。王子役をつとめるのは今年も山本庸督君で彼も舞踊コースで薫陶を受けた卒業生である。長くアメリカのバレエ団で活躍し今年から本格的に国内に本拠を移している。

    5月のプロデュース公演や振付出品した舞台が続いたためなかなかバレエを観賞する時間がなかったが、Kバレエカンパニーの「シンデレラ」、「ベートーヴェン第九」公演と「ジゼル」全幕を立て続けに観賞した。ひとつのカンパニーが春のシーズンだけでこれだけの公演を重ねることができるの途轍もないことで、また内容もどれも素晴らしいものであった。「第九」は熊川哲也芸術監督がとても思い入れ深く取り組んでいたもので、こちらも胸を響かせながら吟味させてもらった。クラシックレパートリーとは違い、演出・振付から美術に至るまで100%オリジナル作品でもあり、膨大な労力と時間を費やしていたのが作品から読み取れる。生の管弦楽とコーラスを率い、毎回上演されるたびにバージョンアップされるのは芸術家の姿勢として当然で終演後に最大の賛美を彼におくらせてもらった。いつも謙虚でまたストレートに受け応えしてくれる彼の態度がたまらない。ジゼルのアルブレヒトとロイス役も今まで彼が長年演じてきたなかでも今回こそ最高の踊りと演技を魅せた。これは親友としてでなく舞踊界の人間としてひとりの舞踊家を称えているのである。公演後まもなくして紫綬褒章の受章の知らせがあったがまさにタイムリーであった。今後も彼の動向に目が離せない。

    5月のバレエプロジェクト公演も終わり、さまざまな舞踊関係の雑誌やネットサイトに公演評を載せていただきその数は5社以上に上った。日本国内の舞踊評論家は海外に比べとても多く、私も大手バレエ団と同じく20名を超えるその方々をお呼びした。公演講評でいちばん嬉しいのは、公演を楽しみにチケットを購入して来ていただいた観客の方々の温かいお気持ちで、それが何よりも心の支えになっていることは言うまでもない。
    いつも舞踊を創造する立場とジャーナリズムを唱える立場とが相対するのたが、今回公演をプロデュースする立場として言わせてもらうと、彼らに対しては今後ひとりでも多くの観客が公演に足を運んでもらえるような評論をしてもらうことを望んでいる。評論のなかには心ない中傷的表現だけをされる方がいつもいる。残念ながら今回もいたのである(FU)。信じられない事実を暴露するが、評論する立場の方は、時として公演外で個人的に攻撃することには驚かされる。公演を主催した側はすでに口する立場にないことをいいことに、メディアに一方的にまくしたてるやり方は改めるべきことだと思う。大学教員が大学生に必要を超える過度な指導指摘をしてはならないことと同様と言えばおわかりだろう。今回の公演のカーテンコールも、舞台に立つ側から感じた限り、実に大きく暖かく好意的なものであったことはあらためて報告したい。だから決して今回の出来事を感情的に捉えているのではないことを付け加えておく。
    今後純粋なバレエ愛好者の方々には、さまざまなバレエ公演でもしも心ない評論を目の当たりにしてもどうか左右されず、自分の目線で舞台を見つめ続けてほしいと願っている。なかなか舞踊家の立場としてこの項については言えないことだが、公演に向かって上演するまでどれだけの時間、多くの方の協力、経費労力がかかっているのかわからないだろうし、このコラムは「…放談」である。今後も舞踊界のためにも世界初の舞踊評論の評論評価?もする意気込みである。

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