2015年4月

4月になり暦では新年度が始まった。毎年勤める大学で卒業制作の授業を担当している。卒業制作公演があり、その中で舞踊を専攻している者は当然舞踊作品を取り上げる。よって舞踊作品を創作するにあたりそこでさまざまな作品の指導にあたるのだか、私自身この科目を担当して14年目を迎える。これまでに実にさまざまな作品を見てきて平均して毎年4-5作品なのでその数は50作品前後になる。1作品20-15分ぐらいの上演時間で10-15名ぐらいのダンサーで作品は構成される。ほとんどがモダンダンス手法である素足を原則としている。しかし指導教員の研究専門がバレエ、ダンスクラシック技法による振付であるため、バレエ作品、ポアント作品をつくりたがる傾向があるが舞踊学の根底は素足によるモダンダンスが基準であるからなるべくその方向で取り組ませている。

毎年卒業制作を見守りながらさまざまなバレエ、ダンス公演観てきて感じることだが、わが国のダンスシーンは実に多様で今やストリートダンスやコンテンポラリーダンスの分野はほんとに日本人なのかと疑いたくなるような破天荒な作品が氾濫している。この道の先輩として言わせてもらえば、やはり首をかしげることが多い。かつてアメリカに5年間いたこともあり、祖国を離れた経験から自身の民族について問われたり、問いかけることが今の世代には薄れている気がしてならない。若い世代だからといって現代社会のに反映される多国籍的な奔放な作品カラーを生み出すことが使命ではない。むしろこれからの時代、とくにオリンピック開催を担う国としてより自国の民族性、カラーというものを大切にしなければならないのではないか。芸術とは美しくしようと思考した瞬間に発生するものである。ただ生きる瞬間を噛みしめるダンスを目指すだけのものはそれは“行動”に過ぎない。テレビなどでぜーぜーハーハーしながら動いたり、無意識に近い手振り身振りする姿をダンスとして受けとってしまうことをよく目の当たりにするが、それはダンスではない。かならず美と向き合う時間をしっかりかけ、創造しなければならないと常に学生にアドバイスしている。

日本には“舞踊”という素晴らしい言葉がある。このことばの真意をさぐることがわが国の民族性あるダンスを追求することに繋がると信じている。大阪芸術大学舞踊コースの専攻課題はまさにそこにあるのである。

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