2017年5月

 ゴールデンウィークが過ぎてしまった。バレエ界は各地でコンクールが開かれ賑やかになる。東の横浜コンクール、西の神戸コンクール(いずれも略称)と日本を代表するお洒落な港町で若者たちの熱い踊りが繰り広げられる。私も横浜コンクールで第1回から16年連続で審査員を担当させていただいているが、近年の出場者のレベルアップに目を細めている。今年の大会もダンサーひとりひとりの熱演をしっかり見届けようと熱視線を送るあまり、終わるとクッタクタになるほど。
でもその昔、自分も出場する側にいた時に温かい視線で見守って下さった当時の日本バレエ協会会長服部智恵子先生の笑顔が忘れられない。ロシア人のハーフバレリーナであった服部智恵子先生はそれが縁でその後も私の公演にもかけつけて下さり、励ましのお手紙までいただいた。30年以上たった今もその時のカードは部屋に飾ってありあの頃の感謝の気持ちを忘れずに毎回審査させていただいている。

 5月公演が間近に迫ってきた。中旬から通し稽古が始まり、大切なリハーサルである舞台監督、照明・音響合わせも続いている。リハーサルの中でもスタッフに下見してもらうこの時を目指して逆算して稽古を組み立てているといっても過言ではない。私もこれまでに、ミュージカルやオペラなどさまざまな舞台に出演させていただいたが、普段の稽古からスタッフが帯同するそれらの公演などと違い、バレエは極端にスタッフと一緒に稽古を行うことが少ない。でもこの瞬間が私は好きだ。さまざなひとたちとひとつの舞台づくりに関わっている実感があり、こどもの頃父親の仕事現場をいつもスタジオの隅っこで眺め、それが大人の世界に映りやがて憧れとなっていったからである。今年もこのリハーサルを契機に出演者が一丸となって本番に向かって突き進んでいきたいと望んでいる。

 振付の最中でも舞台づくりに関わる実感はあるが、やはり振付家として他のジャンルの芸術家の活動も励みになる。美術家の展覧会がそれだ。同じ芸術家としてどのようなイメージで、テクニックで、そして思想 を持って描くのか興味深く、ニューヨークに留学していた頃MOMA(ニューヨーク現代美術館)にバレエ学校帰りにしょっちゅう足を運んでいた。まだ19歳で振付もしたことはなかったのだが、ジョージ・バランシンがディアギレフ・バレエリュス(ロシアバレエの意)からの潮流でマティス、ピカソなどとコラボレーションを盛んに行っていたため、自分もそれについて興味を持ったからである。ただ大学で講義を受けたわけでもなく、30年近くも前で当時日本語ガイドなどあるはずもなく、不勉強もあり毎回同じ絵を見ながら「うーん、何なんだ…」とじっと見つめていることが多かったのだが(今思うと笑えるが)、なにぶんここはニューヨーク、本物の絵を目の当たりにし、その場にいる瞬間だけでも貴重であった。
 そんなわけで今でも美術館にも通うのが好きなのだが、今や日本にはたくさん舶来ものの美術展が開かれるようになり、この春も多くの展示があり、なかでも国立新美術館のミュシャ展はど肝を抜かれた。アールヌーボーを代表する芸術家アルフォンス・ミュシャだが、パリで活躍したのち、50歳を越えてから故郷のチェコに戻ってからスラブ叙事詩を主題にした絵が今回の展覧会のメインだが、その縦6メートル横8メートルほどの巨大な絵が20点も飾られているのである。まるでわれわれバレエの舞台のプロセニアムほどの大きさで人物もほぼ等身大で描かれている。まさに絵の舞踊とも言っていいほど迫力があり、絵のなかにいる人々の存在感が素晴らしく、そのアピール力は舞台人にとっても学ばされるものがある。ぜひダンサーや舞台人は観に行くべきだろう。6月5日まで開催されている。
あと国立西洋美術館で開催されているフランス・ロマン派のシャセリオー展も鑑賞したが、こちらもバレエファンならば足を運んでもらいたい。グランパドドゥで有名な「ダイアナとアクティオン」の絵や私の初期振付代表作品である「アポロンとダフネ」が観られる。
また先日オペラ「オテロ」を新国立劇場で観たが、シャセリオーはそのオテロも台本に沿って描いており、オペラと絵画がそれぞれの手法でシェイクスピア劇に挑む姿がとても興味深く、バレエ振付家としても大いに学ばされた。実はこどもの頃のぞいていたのは父が振付していたオテロのリハーサルや本番もあったのだが、このように展覧会というのは自身の芸術観だけでなく、人生まで振り返えさせてくれる。こちらは5月末まで。
東京だけでなく、大阪でもバランシンと深交があったマティス・ルオー展があべのハルカスで展示中だ。ふたりともバランシンとコラボレーションをしているが、バレエ「放蕩息子」の美術を担当したジョルジュ・ルオーと同じく「コッペリア」の美術装置を描いたアンリ・マティス、どちらも独創性豊かで芸術家として自己というものを考えさせてくれる。こちらも5月末まで。

バレエダンサー、バレエファンよ、急げ。

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