2019年4月

 今年の東京の春は桜開花発表から寒さが冬のように戻り、なかなか暖かくならない。おかげで桜の花も長く咲き続け寒さは別として鑑賞にはよかった気がする。日頃都内の交通手段は自家用車が多く、自宅からバレエスタジオまでさまざまな処で桜の木々に出会うことができ、たまに廻り道してその美しい光景に酔いしいれた。昨年はたしか審査員を3日間務めたバレエコンクールの最中に満開し、そしてすぐさま春の嵐や大雨が吹き荒れ一瞬で散ってしまったので、見れずじまいだったので久しぶりにたくさん見れたのだった。
 その開花する2週間ほど前の3月上旬に母が永眠した。12月下旬から体調を崩し救急車で運ばれ長く入院生活を余儀なくされ、それでも体調が回復して一旦は退院したのだが、その2週間後に体調が急変してしまい、ある明け方に息を引き取った。自分にとっては実母であり、またバレエを生まれてから最初に教わったのも母でもあり、母の存在なしには今の自分が進んでいる人生はなかった。こうして毎日バレエに携わり日々送っているのも母のおかげで流石に落胆は隠せなかった。しかし人間とは素晴らしいもので、親戚や父のバレエ団関係者はもとより、告別式には多くの自分自身の舞踊恩師や関係者、同輩後輩やまな弟子たちも顔を見せ悼んでくれた。そう、悲しんでばかりいられない。このコラムにもよく登場するバレエ界のスーパースターの親友までも自身のバレエカンパニーの新作バレエの制作の最中にかけつけてくれた。彼も30代で母親を亡くし「母親は生命線だよ」と悲しみを分かち合ってくれた。もうすぐ5月公演だがこの悲しみはリハーサル真っ只中に襲った。
 今年の公演では5作品を並べ一挙上演する。今年もオーディションで選ばれた女性舞踊手が40名も集まってくれ、私の後輩やまな弟子たちの男性ダンサーを交え50数名で連日リハーサルを行っている。もう公演を開始してから7年目で今や出演者たちも自主性を持って臨んでくれ、振付しっぱなしでたまに声も張り上げ、またダンサーの力量を頼りに任せる愚かな振付家なのだが、そんなこともへっちゃらで(ダンサーは演技達者だから騙されているのかもしれないが)作品に挑んでくれるのが素晴らしい。そんな彼女たちにはダンサーファーストの振付家でありたいといつも心がけている。私の師と仰ぐジョージ・バランシンも彼が残した遺作は自分のまな弟子のために創られたものが多い。彼の作品には主役と思われる男女以外にも時として「なぜここにふたり女性が現れるのだろう」「この男性ソロは何だろう」と感じることが多々ある。それは実は全て自分のお気に入りのダンサーのために振付したパートなのである。「ここにふたりの女性の踊りが必要なのだ」などと考えることはまずない。残念ながら日本のバレエ団は既存の作品上演が多く、ダンサーファーストに考えた作品上演可能なところは少ない。前出の親友とはよくこの事を語り合う。これからも真の日本発のバレエ芸術の輩出に邁進していく。

 もうひとつ、冒頭に述べた美しい桜の花から今度の公演の新作バレエのタイトルを取った。あくまで西洋舞踊にこだわるので英語表記にしたのだが、小野小町の桜にまつわる名句のひとつで女性を謳ったもの。かつて母は東京銀座育ちということもあったからなのか若い頃からずっと元気だった最近までひとりで街を歩くのが好きであった。部屋を整理していたら書き残された日記が出てきて、そこにはいつも「今日は渋谷へ出かけた」「日比谷の映画館にひとりで入り…」などと綴ってあった。そうだったのか…。今も街には多くの女性たちが街に溢れ闊歩している。ある女性たちは話し楽しみながら、またある女性はどこか影を持ちうつむきながらそれぞれ想い思いに歩いている。そんな彼女たちを遠目に見ると母を重ねあわせずにいられない。昔の時代にタイムスリップしてそんな母の姿を名作バレエの薔薇の精のように追いかけてみたい…。
よし、芸術家としてこの主題を作品にして母に捧げよう・・・こう誓って愛するダンサーたちと作品に取り組みはじめました。
ぜひ皆さまのお越しをお待ちしています。

「堀内 充 Ballet Collection 2019」
・・・2019年5月31日(金)18:30開演 めぐろパーシモンホール大ホール

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