堀内 充の時事放談

バレエダンサー・振付家・大学教授として活動を続ける堀内充の公演案内です。
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●2021年3月
いよいよ今年も堀内充バレエコレクション公演までちょうどあと1ヶ月となった。昨年9月に4ヶ月延期して公演を上演し、今回も例年より1ヶ月遅れながら来月公演開催に向けて3月よりリハーサルを行い準備を進めている。すでに30回ほどレッスンを含め稽古を続けているが、今年も緊急事態宣言下のなかとなり、2年連続感染対策を取りながら取り組んでいるが、昨年今回より緊迫した日々を経験した仲間のダンサーたちが再び集い頑張ってくれて心強い。
ただ、公演開催を心待ちばかりにはしてられない。1月に出演させていただいた松山バレエ団が公演を5月のゴールデンウィークに毎年行っているが、いきなりの緊急事態宣言発令で2年続けて中止となってしまった。昨年新白鳥の湖が中止となっただけに自分のこと以上に心が痛む。ちょうど数週間前に総監督清水哲太郎先生にご挨拶がてらにバレエ団カンパニークラスを受けに行き、そのまま公演予定だったロミオとジュリエットのリハーサルを見学させてもらった。時間の都合上半分ほどしか見れなかったのだが、稽古では熱気溢れてジュリエット役の森下洋子先生は4年ぶりとは思えぬ完成度の高さ、円熟された踊りと演技で圧倒された。清水哲太郎先生の演出・振付は緻密な構成で舞台装置が稼動しながら場面がテンポよく展開され観る者の胸を踊らせる。衣裳も素敵でイタリアの祝祭的な色彩で、バレエ団のダンサーたちの熱気溢れた踊りも相まってまるでラスベガスのシルクドソレイユのショーのような雰囲気まで彷彿させる。そんなすばらしい稽古風景であった公演が中止となり残念でならないが、来年に延期されると聞き、再演を楽しみにしたい。
わが公演も緊急事態宣言下、公演が上演が果たせるか予断を許さないが、今回の公演では3作品すべて新作を上演する予定。 -
●2021年2月
松山バレエ団公演後、体内にダンサー特有の余韻が残るなか2月に入ると毎年行なっている大阪芸術大学舞踊コース卒業舞踊公演に向けた劇場舞台上で毎日レッスン、リハーサルそして本番と熱を帯びた日々に突入する。ここは大学専用の芸術劇場があり、年度の授業終了後ほぼ1ヶ月間舞台や劇場内にある舞踊教室6室が自由に使えるのが嬉しく、舞踊コースバレエ学生たちもこの時期が来るのが楽しみで心身共に充実したバレエ漬けの日々を送っている。なかでも劇場舞台上で午前中2時間全舞踊コース生60数名が一堂に集まり、レッスンを大学が誇る演奏会用のスタインウェイのグランドピアノで、日替わりに来校するピアニストによる演奏で行う。レッスン担当は私ひとりで毎年月曜日から金曜日まで毎日日々さまざまなアンシェヌマンを組み務めるのだが今年は緊急事態宣言下で敢行できるか心配であったが、大学側の変わらぬ学生ファーストという温情で例年と変わらぬかたちで4日間みっちりと稽古を積めた。午後からはおよそ10作品が変わるがわる舞台リハーサルを行い作品上演の質を高めた。まるで劇場付きバレエ団とひけを取らない様相だが、15年前この劇場が建設されたときに大学学長からのご指名を受け準備設計段階から参画させてもらい、かつて自分がアメリカのマイアミシティバレエ団、フランスのルアン州立バレエ団、そして新国立劇場バレエ団で劇場の稽古場や舞台をまたにかけてレッスン、リハーサルをしていた舞踊人生の思い出深きことを、ここでも若い彼女彼らたちにも同じ経験をさせることを思い描き、こうして今それが実現できているのがうれしい。バレエは習い事で終わらずパフォーミングアーツという芸術の一角を成すものだということを理解させるよい機会となっている。そして2月20日21日の土日の2日間、今年も無事に本番を迎えることが出来た。今年のような稀有な有事のなかでも卒業しなけれはならない4回生は卒業制作舞踊作品にアンデルセン童話「ナイチンゲール」、日本の和魂である桜、コロナ禍の辛い気持ちを綴った舞踊詩、そして東日本大震災の被災した東北出身の舞踊生の想いと、4作品ともすばらしい主題に取り組み、指導教員としてもこれらの作品に触れることが出来喜びに溢れた。また3回生がピアソラ、ブルッフ、2回生はグラズノフという音楽史に残る音楽家による自作のシンフォニックバレエを力強く美しく踊り抜き、またかつてのダンサー盟友の石川愉貴君もハチャトリアンの仮面舞踏会をモチーフにした新作バレエを振付し、1回生作品として披露してくれた。大阪で緊急事態宣言下1席空けソーシァルディスタンスを敷いたなかでも満席の観客を集め多くの喝采を頂きました。何よりもこの状況下身の安全を案じながらもお越し頂いた観客の皆さまに心より感謝申し上げます。そしてこの1年間新型ウイルスとたたかいながら舞踊学生生活を全うした大学舞踊コース生66名全員の健闘を心より称えます。
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●2021年1月
1月30日土曜日、松山バレエ団「新白鳥の湖」公演を終えた。昨年3月神奈川県民ホール、5月東京オーチャードホールが相次いで公演中止となり、その後8月に渋谷公会堂で同演目は上演されたが、その公演には出演果たせず、ようやく今回出演させていただいた。一昨年の11月からリハーサルに参加しておよそ14ヶ月かけての長い道のりであった。
清水哲太郎先生からお声がけいただき、森下洋子先生と共演させていただくことは周りの聞く人々が仰天するばかりであった。私の恩師のひとりでNHKプロデューサーでおられた土居原作郎先生から授かったお言葉に「人生には3つの“さか”がある。登り坂、下り坂、そして“まさか“だ。だから人生は素晴らしいのだ」というものだが、まさにこの言葉に巡り合い、この大役を仰せ預かり全うするべくこの1年はこの公演に全身全霊を注ぐ日々であった。松山バレエ団は国際的に活動されてきた国内トップの名門バレエ団であり、リハーサルは心技体にわたり実に厳しいものであったが同時に実に多くを学ばせていただいた。
昨年の神奈川県民ホール公演が中止となった際にその同日に松山バレエ団内にあるムーセイオンという本格的なライティング設備を備えたバレエスタジオで報道関係者、舞踊関係者のみを招待してスタジオパフォーマンス形式の代替上演会を開いた。それに向けたほぼ2ヶ月、そして今回の公演前の1ヶ月の計3ヶ月間、ほぼ毎日朝バレエ団のミーティングからレッスン、そしてリハーサルが終わる夜までずっとバレエ団と共に過ごさせていただき稽古に励んだ。これだけの毎日密度あるレッスン、リハーサルの日々を清水哲太郎先生、森下洋子先生、カンパニー団員とともにバレエダンサーとして過ごせたことに心より感謝している。もちろん身体は若かった頃とは違いもう怪我だらけで年齢による体力的な衰えも多く、正直苦しくもあったが、何よりもバレエダンサーとしてのみ日々を過ごすことができたことが幸せだった。振付家や大学教授、審査員の身から離れ、公演に向けて一心に邁進したがやはり自分は人生の多くをバレエダンサーとして過ごしてきたからこそこの瞬間瞬間が嬉しかった。清水先生はこの私をまるで40年前に振付指導していただいた頃にタイムスリップしたかのように一挙手一投足、手取り足取り再び教え始めた。総監督としてあわただしい日々のなかを縫って、バレエ団にリハーサルに顔を出していただき皇太子・新皇帝ジーグフリード役バレエダンサーとして身体性から立ち振る舞い、舞踊へ向かう精神性まで細かく伝授するように寄り添い、手本を示していただいた。これも何よりも嬉しかった。不安を払拭するかのようで、また森下先生もご自分と踊ることなったこの私をパートナーとしてすべて条件を兼ね備えさせるべく、こちらもあらためて一からバレエを叩き込まれた。そして振付助手の朶まゆみ先生やバレエミストの鏑木理沙先生、倉田浩子先生といったバレエ団トップの指導者の方々からも、この若くない傷だらけのバレエダンサーに諦めずにアドバイスを送り続けていただいた。同じローザンヌ国際バレエコンクール受賞者で同世代の平元久美さんや山川晶子さん、佐藤明美さん、鎌田美香さんといったバレエ団プリマバレリーナから多くの団員たち、そして若き男性舞踊手たちが脇から私を助け、仲間同然として支えていただいた。
バレエの本質を追求する姿勢はこれまでに私が経験、在籍してきた当時のバレエ団、各公演にとってとても敵わないものであったことを特筆したい。朝のレッスンが始まる1時間前から数十名の団員たちがバレエ団建物内外を掃除する1日から始まり、ミーティングである朝礼で総監督の清水先生が話される訓話が毎日楽しみで、バレエ学校で学ぶ以上の造詣の深いものばかりで時折メモを取りながら耳を傾け、本番前にそれを読み直して臨んだことは言うまでもない。
また今回たまらなく嬉しかったこと、それは清水先生が長く愛用していた王子役の衣裳を「充に似合うものを選ぼう」とこれまで着用してきた10着あまりをずらりと並べて選び、1・2幕用と3・4幕用の2着着させていただいた。どれも豪華絢爛な衣裳で憧れの先生の衣裳とあってたまらなく嬉しく、また森下先生まで「充君、似合っているわよ」と微笑みながら言っていただき、年甲斐もなく気持ちは高揚感でいっぱいになった。
頼りなさ?からか公演にあたり、家族からバレエ仲間、親友、旧友、そして大学の教え子たちまで多くの人からエールいただき、心より御礼申し上げます。このコラムも10年以上経ち一度も触れたことはなかったのだが、私の両親が出会ったのは実はこの松山バレエ団であった。すでに両親とも他界し報告することは出来なかったが、4年前の父の告別式に清水先生、森下先生、そしてバレエ団の皆さんが参列していただき感激したことはその時の忘れられない思い出である。でも…昔から何でも予言することが好きで的中するとひどく喜んでいた父のことである。ひょっとしてこの時、清水哲太郎先生たちの足音を聞いてこの“まさか“を予言し、的中させたこと天国で喜んでいるかもなぁと公演が終わって仏前に報告しながらふと思いめぐらせてしまった…。
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●2020年12月
年の瀬を迎えた。世の中ではもうどれだけ新型ウイルス感染について語られてきたかはかり知れないが、やはりやはりたいへんな年であった。振り返ると誰もが感じる苦難な日々であった。舞踊公演のみならずパフォーミングアーツ全てが被害を受けた。生命の危険を伴うなかで、さまざまな人たちが苦しみ助け合うなか、(もちろん大きく取り上げることは出来ないが)そんななか秋以降堀内充バレエコレクション2020公演、大阪芸術大学舞踊コースにおける4回生卒業制作公演、3回生学内公演、2回生学内公演、玉川大学パフォーミングアーツ学科における舞踊公演、毎年私が関わる舞踊公演全てが行われたことが正直ほっとしている。主催側、出演・スタッフ側、観客の方々側すべての力があってこそでこのウイルス感染禍の苦難を乗り越えようとした結束力の素晴らしさを感じずにはいられない。そして、ましてどの公演にも自作の振付作品を上演させていただき、振付家側こそが出演者に感謝しなければならない立場であることをあらためて気づかせてくれた。
今年は例年に比べ舞台鑑賞もままならず、それでも秋以降このコロナ禍のなかで松山バレエ団、Kバレエカンパニー、東京シティバレエ団、新国立劇場バレエ研修所の各バレエ公演、ボナンザグラム舞踊団スタジオパフォーマンス、また読売交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会などにも足を運び、自分たちと同じ思いで苦しみながらも舞台をつくりあげる芸術家の方々の姿を客席からマスク越しで見守らせていただいた。そしてこの想いを胸に来年に向けて気持ちを引き締めてこれからもバレエと向き合っていきたい。 -
●2020年8月
7月12日に行われた大阪芸大舞踊コースキャンパス見学会劇場上演会は数ある舞台経験の中でも忘れられない舞台となった。新型ウイルス感染拡大によって、多くの舞台公演が中止に追い込まれ、昨年冬から充実した稽古を積んできた松山バレエ団「新白鳥の湖」公演も3月神奈川県民ホール、5月東京・渋谷オーチャードホールと共に公演中止となってしまい、また7年間続けてきた堀内充バレエコレクション公演も延期となった後、非常事態宣言なる発令でなかなか劇場再開が許されないなか大学側の心温かい英断で大学芸術劇場で上演させて頂いたからだ。しかしながら大学側の感染防止ガイドラインは厳しく、世間でいうソーシァルディスタンス、三密回避、マスク着用といったことが義務づけられ、バレエ「パキータ」も群舞やパートナーリングの変更も余儀なくされた。当初5月に行われる予定だったので振付はすでに昨年末には出来上がっており、5月から出演する2回生たちもオンラインでZoomを使ってのリハーサルから臨んでいた。6月中旬より通常授業が再開されたが、舞踊コース各学年クラスは一斉に舞台に向けたレッスン、公演準備、リハーサルに取り掛かり、なかでもこのパキータ上演は大学にとっても公演再開に向けた皮切りとなり、期待も膨らんだ。そして7月に入り、本番2週間前より舞台稽古が始まり、大学教務・事務局関係者が劇場に立ち入り客席で感染対策がしっかりと取られているか視察したりと物々しいこともあり、また前々日のゲネプロ後に大学事務職員のなかに陽性者が出てしまい、一旦は教授会で舞台公演が行われるキャンパス見学会の中止を検討されたが、結局大学キャンパス内の安全が確認されて何とか予定どおり本番を迎えることが出来た。本番当日はそれらを乗り越え、また自分自身のバレエ公演や出演するはずだった松山バレエ団公演も相次いで中止となり、そんな無念な思いも重なり、舞踊コース生が頑張って踊る姿に胸が熱くなった。舞台本番を迎えるまでにこれほどの苦難を経験したのは初めてで、終演後は出演したダンサーたちに声をかけ「舞台で写真撮ろうぜ!」と呼びかけて終えたばかりの余韻感じる舞台上でみんな涙と笑顔と達成感に満ちた表情のショットとなり、忘れられない一枚となった。興奮のあまりちゃっかり私も出演者の輪の中に入ってしまいました。お許しを…。
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●2020年1月(2)
年明けに東京・渋谷のど真ん中にある文化総合センター大和田さくらホールで堀内版「くるみ割り人形(全幕)」公演を上演させていただいた。バレエくるみ割り人形はこどもから大人まで幅広く楽しめるバレエで、世界に愛されているのはご存知のとおり。
1幕の舞台は家庭の大広間で、大人とこどもがそれぞれがクリスマスパーティーを楽しんでいる様子が描かれている。今や日本も欧米化され、このような様子が繰り広げられても違和感はなく、むしろ先ほどまでロビーで話していたこどもたちが、いつのまにか小さなダンサーとなって舞台上を駆けまわっているのではと勘違いするほど、舞台と客席の境界線がわからなくなる錯覚を覚えるのだ。そんななか、この公演に向けて出演したバレエスクールのこどもたちの日々のリハーサルでとても興味深く映ったことがあった。こどもたちのまさに公演の主人公は我こそにありと言わんばかりの手を抜かず向上心を持ってのぞむ姿はとても印象深く、またそれが輝いてみえたのである。ひとつのことを達成させる上で大切なことは、そんな真面目に取り組んでいる子の姿勢の素敵さに周りや下級生の子たちが憧れることである。かつて少しズレたり、たまに夢中から外れたりすることがいわゆる”カッコいい”と映る時代もあり、それが魅力になったのかも知れないが、今やこの時代そんな考えはない。万一いまだにそんな姿が見える子がいたら教える側は一刻も早く気づかせてあげなければならない。
ここは東京・渋谷という中心地?のおかげか今回このリハーサルで見せてくれたこどもたちの姿こそが、この公演の成果であったように思えてならないのである。 -
●2020年1月(1)
松山バレエ団「新白鳥の湖」公演に向けてリハーサルが始まった。一番最初に振付をいただいた場面は1幕王子の登場シーンで、バレエ団員とともにその場面を清水哲太郎先生と時間をかけて教わった。この作品は松山バレエ団のレパートリーとして毎年上演されているので、バレエ団員は全員振付を熟知されており、実際は王子役の振付の入れ込みというかたちで私中心のリハーサルで、この場面のみならず、2幕の湖畔の場面も同じように王子が登場する場面を抜粋しながら稽古をつけてもらった。何よりチャイコフスキーの名作の音楽が心地よく、ただ古典バレエといっても「新白鳥の湖」というタイトルどおり清水哲太郎先生のオリジナル版として振付られている。哲太郎先生も「2幕のレフ・イワノフ版は素晴らしく手を加えようがない」と話していたが、1・3・4幕は音楽の構成から振付までほぼオリジナルで、こちらも古典作品に挑む以上に清水哲太郎先生独自の振付作品と向き合う姿勢で臨んだ。主役の森下洋子先生とのリハーサルはバレエ団の「くるみ割り人形全幕」の大阪、東京、神奈川公演が控えていることもあり、本格的には年明けから行うことになった。
実はその大阪フェスティバル公演に私と教え子10数名で観させていただいたのだが、松山バレエ団版はとてもクオリティが高く、またアーティスティックであり、エンターテイメント性も豊かで、何よりも夢が感じられ衝撃的であった。そしてバレリーナの名花・森下洋子先生の素晴らしい踊りはもちろん、バレエ団員の力も大きく、今年観たバレエ公演のなかでもっとも印象に残るものであった。今年の年末もバレエ界はその「くるみ割り人形」のシーズンに突入した。一昨年まで堀内版「くるみ割り人形」もこれまでに宇都宮や福井、京都、横浜でさまざまな都市で20年にわたり上演してきたが、今年、といっても来年正月明けだが、東京・渋谷で上演する運びで秋からリハーサルを重ねていた。宇都宮で上演させていただいた当初、20年前は演出振付だけでなくタイトルロールの王子役まで務めていたが、その後は振付に専念していた。しかし今回は堀内充バレエプロジェクトとゆきともバレエスクールの共催で、日頃顔を合わせているこども達のためにも自身で初めてドロッセルマイヤー役も務めさせてもらった。バレエくるみ割り人形の良さはなんと言ってもこどもたちに向けたメッセージで世代を超えて愛されているバレエだということだろう。観客側にいてもそうだが、創る側からもこども達のバレエに向かう熱い気持ちが感じられる。毎回のリハーサルでも彼女たちはつねに全力投球で踊り、演じてくれるのが嬉しい。この作品もレフ・イワノフが原振付となっているが、堀内版は最初から最後までほぼオリジナル振付となっており、私の得意分野であるシンフォニックバレエも雪片のワルツや花の精のワルツで展開させ、グラン・パ・ド・ドゥも新解釈で創らせていただき、毎年5月に行っている堀内バレエコレクションにレギュラー出演してくれている愛する女性・男性バレエダンサーたちに出演してもらい、作品に華を添えてもらった。バックステージスタッフである舞台運営、照明も、横浜の木村公香先生のアトリエ・ドゥ・バレエ公演で上演した時のメンバーで固め、盤石の体制で臨ませてもらった。
大阪芸術大学舞踊コースでも12月は舞踊コース2回生学内公演を毎年上演しているが、私がこの大学に着任してから初めてクリスマス・イブに公演本番となった。例年どおり「ラ・バヤデール影の王国より幻影の場」を上演したが、このバレエの初演はロシア・サンクトペテルブルクだが、その時の主役ソロルを踊ったのがなんとレフ・イワノフだったのである。バレエダンサーとして、舞踊家として金字塔を打ち立てた彼が踊ったこの役は今なお男性ダンサーの憧れの役でもある。ここ舞踊コース公演でも毎年若き20歳の男子学生が務めるのだが、今年も2回生の木下大輔君、邉田陽大君がダブルキャストでそれぞれ堂々と踊っくれたのが頼もしかった。女子学生たちもあの美しきヒマラヤ山脈から降臨するバヤデルカをひとりひとりが夢幻の世界を醸し出すように心を込めて踊った。
なお公演演目最後にはフィナーレとしてクリスマスイブを飾るルロイ・アンダーソン音楽によるジングルベルダンスを振付し、かつてニューヨーク・マンハッタン・ラジオシティホールで観たクリスマス・スペクタキュラー(聖夜ショウ)ばり?のサンタクロース風ショーダンスを踊り観客から大きな拍手を受けていた。 -
●2019年12月
今年の秋も東西の大学舞踊の舞台公演で新作バレエをクリエーションし、若いダンサーたちが熱演を繰り広げてくれた。
玉川大学芸術学部舞踊公演では、今年もバレエ作品を振付させていただいたが、昨年の公演で発表した自然をフューチャーした題材「星空と海」に続き、今回も樹木とそよ風をモチーフに「Soyosoyo…ト」というタイトルで上演させていただいた。昨年の作品はピエール・モンドリアンの絵画に触発されたのだが、今回も上野にある国立西洋美術館へふらりと鑑賞しに出向いた際に常設展示されているジョセフ・ヴェルネの「夏の夕べ、イタリア風景」に出会い、その絵は幾つかの樹木が左右に風でなびいているのだが、当たり前だがその肝心の風が描かれていない。そんな光景に魅せられて、「なるほど…、」と思い立ち舞踊化を試みるきっかけともなった。音楽はドイツ人作曲家フェダーセルを今年も起用した。風を表現するダンサーはクラシック技法のポアントワーク、樹木をあらわすダンサーをモダンテクニックを素足でそれぞれ競い合わせるように振付をした。衣裳デザインは今回も衣裳担当の学生がこちらのイメージをしっかり汲み取りすべて手作りで縫い、素敵なコスチュームを作りあげてくれた。衣裳担当の主任の学生は実は私のバレエの授業の教え子の4年生で、彼女はバレエ堀内作品の出演者オーディションに毎年挑戦してくれたのだが結局1度も選ばれず涙を飲んだ。彼女の無念な気持ちを思うとこちらも立場もあり心苦しかったのだが、今回制作側にまわり見事に力を発揮してくれたことが何よりもうれしく、このことを特筆したい。こうして4日間にわたり玉川大学演劇スタジオで上演し、毎回たくさんの温かい拍手喝采をいただいた。
大阪芸術大学舞踊コース学内公演では「Fantasia」というタイトルで、文字通り幻想の世界を描いたバレエ作品を上演した。名作曲家ベルリオーズの同名作品である「幻想交響曲」をかつて父親が振付し、さまざまな斬新な場面がまだ小学生だった自分の記憶のなかに鮮烈に残っており、とくに第2楽章の「舞踏会」が実に甘味で素敵な旋律が頭から離れず、それらを若き女性たちが夢みるある姿と重ねあわせて構成をした。作品は現実の日常のありのままの姿をした彼女たちが舞台上でシューベルトのピアノ曲の調べに乗せてバレエを踊っているシーンから始まり、若い頃感性を刺激させてくれたフレデリック・マーキュリーのクイーンの音楽を挿入させたり、時に自身に対する戸惑いを表すソロなども交え、現実と幻想を交錯させながらラストに前述した「舞踏会」シーンを配置し約40分にわたる作品をつくりあげた。またここでも芸術大学生が活躍し、作品の舞台装置の美術デザインも大学舞台美術コースの女子学生がこの難題に挑んでくれ、終曲では鮮やかな城壁とキャッスルを想わせるオブジェを飾り舞踊作品に華を添えてくれた。 -
●2019年11月
9月の上旬に松山バレエ団関係者から連絡があり、総監督・清水哲太郎先生から「話がしたいのでバレエ団に来てほしい」というメッセージを授かり、その時は大阪に滞在していたため、新幹線で帰京し、東京駅に着くなりバレエ団事務局の方に車で迎えられ、そのまま東京・青山にある松山バレエ団に向かった。バレエ団本部に足を運ぶのは実に久しぶりであった。そしてバレエ団に到着すると清水哲太郎先生が満面の笑顔で出迎えて下さり、隣りには森下洋子先生もおられ、またバレエ団員が総勢で迎えていただいた。一体何故なぜこのような素敵な出来事があったのか。話しは長くなるので省かせていただき、結果を言うと2020年3月20日神奈川県民ホールで上演する「新白鳥の湖全幕」の王子ジーグフリード役に出演することになったのである。その後応接室でおふたりと関係者を交え1時間ほど話し合いを持ち、大変たいへん光栄な責務を受け、身の引き締まるどころから言葉に言い表せないほどの思いで家路に着いた。かつてこのコラムの2016年7月号に書かせていただいたのだか、自分のバレエ人生のなかでもっとも大切で憧れであった恩師以上の清水哲太郎先生とふたたび舞台づくりでご一緒することになったのである。ましてや尊敬するプリマバレリーナ森下洋子先生と踊らせて頂くことになるとは人生ひっくり返して掘り起こしても思っても見なかったことである。この大役を引き受けるまでの心境やこれから立ち向かう胸の内を明かすには原稿用紙100枚あっても足りないのでやめておくが、翌日から不退転の決意でトレーニングを始めたのは言うまでもない。その後連絡を取り合い、リハーサルは10月から始めることになった。
渋谷公会堂といえば著名音楽アーティストのコンサートで有名でまさに音楽の殿堂といっていいほどの劇場だ。昔の話しになるが、以前ホリプロミュージカルでご一緒した沢田研二さんのコンサートに出かけ、いつも渋谷公会堂で開いておられたので個人的にも馴染みがあった。そんなメジャーな渋谷公会堂だが、数年前に老朽化で建て壊され、新たに劇場として新築してオープンすることになり、バレエスクールが渋谷にある関係もあり家族が親しくさせていただいている渋谷区洋舞連盟の宮﨑裕子会長の招きで、劇場のこけら落としイヴェントに堀内充バレエプロジェクトとして「ジャズコンチェルト」を披露させていただく運びとなった。「ジャスコンチェルト」は5月公演で上演し、大好評を博したレパートリー作品で外部からの要請がとてもうれしく、それもこけら落とし公演のトリ演目(最後を飾る演目の通称)で、出演者たちもその栄えある任務に再集結して毎回熱っぽくリハーサルに取り組んでいた。
ところが、である。今年は大型台風来襲に多く見舞われ、この公演本番日にも大型台風19号が押し寄せる予報が相次ぎ、ついには交通網が計画運休で遮断されることになり、街が封鎖される関係でこのこけら落とし公演が中止となってしまった。前代未聞の出来事で唖然としてしまった。いちばん心の打撃を受けたのは踊ることを楽しみにしてくれた出演者たちである。こちらの責任ではないにしろ申し訳ない気持ちでいっぱいであった。そんな無念?を晴らすために本番当日出演者たちと集まり、渋谷公会堂入り口で惜しかった惜しかったと悔しまぎれに写真を撮り、その後渋谷道玄坂にあるバレエスクールのスタジオで打ち上げならぬ残念会を小宴させていただいた。ただ… 、誤解を招かないよう言わせてもらうがそこではやけくそになって騒いだのではなく、バレエの美徳のように美酒に酔いながら楽しく過ごさせていただきました。
あしからず。 -
●2019年10月
日本バレエ協会関東支部千葉地区という組織が主催するバレエコンサートが千葉・習志野文化ホールであり、振付したバレエ作品「グラズノフ・スイート」を上演させていただいた。本公演実行委員会から振付を委嘱されたときに、この作品を上演したいと申し入れ実現した。ロシア出身の作曲家アレクサンドル・グラズノフ音楽の「コンチェルトナンバー1」や「ライモンダよりグランアダージョ」をシンフォニックバレエとしてかつて大阪芸術大学舞踊コースで上演したものに、新たに「バレエの情景」より1曲を加え、20名のオーディションで選ばれた若手女性ダンサーとキャバリエ役の男性ダンサー冨川祐樹君を主軸に25分ほどに再構成し振付をした。リハーサルは6月から毎週日曜日に行われたが、毎年この公演ではさまざまな振付作品をコンサートのメインで上演してきたそうで、協会側のバックアップも固く、バレエミストレス(作品を振付助手として指導するスタッフをバレエではこう呼ぶ。女性の名称で男性の場合はバレエマスターという)が3名もついて下さり、いずれも優秀なバレエ教師の方々ばかりで、毎回きめ細かく指導していただき、作品もリハーサル回数を重ねるたびに仕上がり彼女たちの存在が心強くもあった。主役の男性ダンサーの冨川祐樹君もかつて新国立劇場バレエ団で踊っていた時の同僚で、フレデリック・アシュトン版シンデレラ全幕で当時ジェスターという名の道化役を踊らせてもらっていたが、その時彼は王子の友人役を踊っていた。とても純粋な性格で長身で正統派ダンスノーブル(男性バレエダンサーの形容詞で王子役に相応しい雰囲気を持つ意味合いがある)で、その後ファーストソリストに登りつめ、バレエ団の白鳥の湖全幕の王子まで務めた素敵なダンサーである。ちょうど彼はバレエ団を退団後この協会の千葉地区で役員をしていたこともあり、彼の持ち前のダンスノーブルさが、この作品のcavalier(バレエの男性役の名称、主に役柄として主役女性の相手役を指す)にぴったりでかつての先輩後輩の間柄を利用して?口説き落とした経緯があった。彼は今回リハーサルでは本番まで10数回あったのだが律儀に1回も休まずすべて参加してくれ、これまた振付家としてとても心強かった。
こうしてこの公演に向けて順風満帆に進んでいたのだが、本番間際の夏の終わりの9月上旬に台風15号が襲い千葉県一帯が巻き込まれ、首都圏も交通機関が珍しく計画運休しながらも大きな被害を受けた。一時ライフラインも遮断されたようで、今回出演者はみな千葉地区から集まっていたこともあり、ダンサーたちもこの時ばかりは心身ダメージを受けてしまいリハーサルでも何人かかけつけられず辛いものとなった。しかしそんな最中こそわれわれは矢面に立ち、バレエの力で本番をしっかり踊り、県民を励ます想いでメッセージを伝えようと呼びかけリハーサルを進めた。そんなひとつの想いが功を奏したのか作品が本番直前に息を吹き返し、より力強いものとなった。こうして9月23日に本番を迎え、この作品を上演することが出来た。本番は客席から見守らせていただいたが、観客もあの災害直後のこともあったからか、静かに息を呑むように皆見つめて下さり、またバレエダンサーたちも衣裳の上からのぞく肌からはたくさんの汗が美しい雫となって輝き、また満面の笑顔、ダイナミックな踊りで応え、終わった瞬間拍手喝采となりカーテンコールを受けていた。芸術に身を置く者として、災害を前にしたときこそ、われわれは立ち上がらなければならないという教訓を得ることが出来た貴重な体験でもあった。