堀内 充の時事放談

バレエダンサー・振付家・大学教授として活動を続ける堀内充の公演案内です。
-
●2021年7月
今年も夏が来た。もともと舞踊家はインドアであまりアウトドアのことは気にならず、晴れても曇っても嵐になろうとも日々のレッスンやリハーサルでもあまり影響はないのだが、気分的には夏だと思うと暑いのは好きだし心も浮き立つ。かれこれスポーツクラブにも長く通っており、夏といえばプールで小学生の頃スイミングクラブに通っていたこともあって泳ぎは得意な方で今でも週2回は泳ぐ。同じ所属しているスポーツクラブならば東京でも大阪でも通い放題なので、時間があればトレーニングをしている。今こうして松山バレエ団に再び現役バレエダンサーとして踊らせていただいていることもあり、泳ぐことは筋肉やキネシスにもアイシング効果もあり、ダンサーにとっては大切なことだ。ただこれもインドア、室内プールなので季節にはあまり関係ないことなのだが。
相変わらず感染がおさまらず、われわれ舞台芸術を身に置くものにとって予定されている舞台本番が出来るかどうかやきもきする。7月は毎年大阪芸術大学ではかならず本番があり、昨年もこのコラムで触れたようにコロナ禍真っ只中で、本番前々日に大学内に感染者が出て一度中止に追い込まれながら、濃厚接触者に当たる者が出ず無事に上演できた経緯があった。しかし今年は何とか無事にバレエ「バヤデール宮殿の場」と「花のワルツ」を上演することができ、踊った舞踊コース2回生14名と3回生21名はプロのバレエ団同様コロナ禍だろうが毎日休みなく稽古、リハーサルをして臨んだだけに意義は大きかった。
1年前の今頃はもう世の中も日常に戻っていると誰もが思っていたと思うが未だにウイルス感染が収まらず、公演鑑賞も思うように観に行けない。7月に観れたのは松山バレエ団公演、双子の兄の堀内元バレエフューチャー2021、東京新聞社が主催するモダンダンス・現代舞踊家による現代舞踊展の3本のみだった。しかしながらいずれもコロナ禍を吹き飛ばす熱演の数々で素晴らしかった。あとは趣味であるフランス映画鑑賞をシネスイッチ銀座で公開された「ベル・エポックでもう1度」を。フランス映画はやはりすてきで今回のテーマはタイムトラベルサービスで半SF作品。冴えない中年男性がタイムトラベルで過去が甦り、運命の女性と出会い見違えるほどイキイキしていくというもの。前回春先に観たフランス映画は「マーメイド イン パリ」もイケテナイ男性と出会うはずのない人魚のおとぎ恋物語。どちらもどっぷり堪能しました。だからフランス映画はたまらない。えっ?主人公と自分をダブらせてんじゃないのって?さぁどうでしょうか…。でもみなさんだってそうでしょ、舞台芸術鑑賞はだからすばらしいのです。 -
●2021年6月
6月9日水曜日東京・めぐろパーシモンホールで無事に「堀内 充 Ballet Collection 2021」公演の幕を下ろすことが出来た。2013年からスタートさせて9回を数えたが、昨年はこの時期ではなく、コロナの影響で9月9日に延期して公演をしたので、この1年で2回公演を行ったことになった。公演については公演後記を読んでいただきたいが、ダンサーのメンバーもほとんど変わらず、観に来ていただいた観客からは統率が取られ、まるでカンパニーのようなまとまりがあったという感想をいただいた。この公演シリーズはスタート当初から定期的に時期、劇場を定めて上演することを目的とし、いずれカンパニーのような体制になればという想いがあっただけにうれしいことばでもあった。数年前から文化庁芸術文化振興基金からも援助をいただけるようになり、幸せなことに来年の劇場も取れた。毎年上昇していた観客動員もこの2回政府により観客数上限を半数にさせられ運営面では痛かったが、来年も例年どおり開催を目指していくつもりである。
3度の緊急事態宣言発令は大学授業にとっては影響が大きい。大阪芸術大学舞踊コースでは大学教務課の指示により日々の登校を1学年クラスに制限され、他はオンライン授業となっている。オンライン授業は舞踊授業にとっては完全なものではなく、在宅で受講する大学生にとっては苦労が尽きない。電波や通信障害で中断したりもある。しかし舞踊コース生は私が呼びかけている「どんなことがあっても成長をやめるな」という言葉に応えて、みな在宅でマイバーやマイリノリウムを購入、あるいは手作りで用意し、日頃と同じようにレオタード、タイツ、バレエシューズ、ポアントシューズ、レッスン用ヘアスタイルで臨んでくれ、ポアントワークやジャンプまで可能な限り挑む。そんな健気な姿を見ながら授業を進めアンシェヌマンを与えているうちに涙が出てきそうになる。オンライン授業に制約している大学当局が決して悪い訳ではないが、若者の行動が感染拡大の要因と報道されているが私の身近ではそんなことはなく、未来の社会に向けて頑張っている姿がここにはある。大人たちはもっと目先の感染対策に躍起ばかりせずに、この素晴らしき彼女彼らに手を差し伸べてほしいものである。
-
●2021年3月
いよいよ今年も堀内充バレエコレクション公演までちょうどあと1ヶ月となった。昨年9月に4ヶ月延期して公演を上演し、今回も例年より1ヶ月遅れながら来月公演開催に向けて3月よりリハーサルを行い準備を進めている。すでに30回ほどレッスンを含め稽古を続けているが、今年も緊急事態宣言下のなかとなり、2年連続感染対策を取りながら取り組んでいるが、昨年今回より緊迫した日々を経験した仲間のダンサーたちが再び集い頑張ってくれて心強い。
ただ、公演開催を心待ちばかりにはしてられない。1月に出演させていただいた松山バレエ団が公演を5月のゴールデンウィークに毎年行っているが、いきなりの緊急事態宣言発令で2年続けて中止となってしまった。昨年新白鳥の湖が中止となっただけに自分のこと以上に心が痛む。ちょうど数週間前に総監督清水哲太郎先生にご挨拶がてらにバレエ団カンパニークラスを受けに行き、そのまま公演予定だったロミオとジュリエットのリハーサルを見学させてもらった。時間の都合上半分ほどしか見れなかったのだが、稽古では熱気溢れてジュリエット役の森下洋子先生は4年ぶりとは思えぬ完成度の高さ、円熟された踊りと演技で圧倒された。清水哲太郎先生の演出・振付は緻密な構成で舞台装置が稼動しながら場面がテンポよく展開され観る者の胸を踊らせる。衣裳も素敵でイタリアの祝祭的な色彩で、バレエ団のダンサーたちの熱気溢れた踊りも相まってまるでラスベガスのシルクドソレイユのショーのような雰囲気まで彷彿させる。そんなすばらしい稽古風景であった公演が中止となり残念でならないが、来年に延期されると聞き、再演を楽しみにしたい。
わが公演も緊急事態宣言下、公演が上演が果たせるか予断を許さないが、今回の公演では3作品すべて新作を上演する予定。 -
●2021年2月
松山バレエ団公演後、体内にダンサー特有の余韻が残るなか2月に入ると毎年行なっている大阪芸術大学舞踊コース卒業舞踊公演に向けた劇場舞台上で毎日レッスン、リハーサルそして本番と熱を帯びた日々に突入する。ここは大学専用の芸術劇場があり、年度の授業終了後ほぼ1ヶ月間舞台や劇場内にある舞踊教室6室が自由に使えるのが嬉しく、舞踊コースバレエ学生たちもこの時期が来るのが楽しみで心身共に充実したバレエ漬けの日々を送っている。なかでも劇場舞台上で午前中2時間全舞踊コース生60数名が一堂に集まり、レッスンを大学が誇る演奏会用のスタインウェイのグランドピアノで、日替わりに来校するピアニストによる演奏で行う。レッスン担当は私ひとりで毎年月曜日から金曜日まで毎日日々さまざまなアンシェヌマンを組み務めるのだが今年は緊急事態宣言下で敢行できるか心配であったが、大学側の変わらぬ学生ファーストという温情で例年と変わらぬかたちで4日間みっちりと稽古を積めた。午後からはおよそ10作品が変わるがわる舞台リハーサルを行い作品上演の質を高めた。まるで劇場付きバレエ団とひけを取らない様相だが、15年前この劇場が建設されたときに大学学長からのご指名を受け準備設計段階から参画させてもらい、かつて自分がアメリカのマイアミシティバレエ団、フランスのルアン州立バレエ団、そして新国立劇場バレエ団で劇場の稽古場や舞台をまたにかけてレッスン、リハーサルをしていた舞踊人生の思い出深きことを、ここでも若い彼女彼らたちにも同じ経験をさせることを思い描き、こうして今それが実現できているのがうれしい。バレエは習い事で終わらずパフォーミングアーツという芸術の一角を成すものだということを理解させるよい機会となっている。そして2月20日21日の土日の2日間、今年も無事に本番を迎えることが出来た。今年のような稀有な有事のなかでも卒業しなけれはならない4回生は卒業制作舞踊作品にアンデルセン童話「ナイチンゲール」、日本の和魂である桜、コロナ禍の辛い気持ちを綴った舞踊詩、そして東日本大震災の被災した東北出身の舞踊生の想いと、4作品ともすばらしい主題に取り組み、指導教員としてもこれらの作品に触れることが出来喜びに溢れた。また3回生がピアソラ、ブルッフ、2回生はグラズノフという音楽史に残る音楽家による自作のシンフォニックバレエを力強く美しく踊り抜き、またかつてのダンサー盟友の石川愉貴君もハチャトリアンの仮面舞踏会をモチーフにした新作バレエを振付し、1回生作品として披露してくれた。大阪で緊急事態宣言下1席空けソーシァルディスタンスを敷いたなかでも満席の観客を集め多くの喝采を頂きました。何よりもこの状況下身の安全を案じながらもお越し頂いた観客の皆さまに心より感謝申し上げます。そしてこの1年間新型ウイルスとたたかいながら舞踊学生生活を全うした大学舞踊コース生66名全員の健闘を心より称えます。
-
●2021年1月
1月30日土曜日、松山バレエ団「新白鳥の湖」公演を終えた。昨年3月神奈川県民ホール、5月東京オーチャードホールが相次いで公演中止となり、その後8月に渋谷公会堂で同演目は上演されたが、その公演には出演果たせず、ようやく今回出演させていただいた。一昨年の11月からリハーサルに参加しておよそ14ヶ月かけての長い道のりであった。
清水哲太郎先生からお声がけいただき、森下洋子先生と共演させていただくことは周りの聞く人々が仰天するばかりであった。私の恩師のひとりでNHKプロデューサーでおられた土居原作郎先生から授かったお言葉に「人生には3つの“さか”がある。登り坂、下り坂、そして“まさか“だ。だから人生は素晴らしいのだ」というものだが、まさにこの言葉に巡り合い、この大役を仰せ預かり全うするべくこの1年はこの公演に全身全霊を注ぐ日々であった。松山バレエ団は国際的に活動されてきた国内トップの名門バレエ団であり、リハーサルは心技体にわたり実に厳しいものであったが同時に実に多くを学ばせていただいた。
昨年の神奈川県民ホール公演が中止となった際にその同日に松山バレエ団内にあるムーセイオンという本格的なライティング設備を備えたバレエスタジオで報道関係者、舞踊関係者のみを招待してスタジオパフォーマンス形式の代替上演会を開いた。それに向けたほぼ2ヶ月、そして今回の公演前の1ヶ月の計3ヶ月間、ほぼ毎日朝バレエ団のミーティングからレッスン、そしてリハーサルが終わる夜までずっとバレエ団と共に過ごさせていただき稽古に励んだ。これだけの毎日密度あるレッスン、リハーサルの日々を清水哲太郎先生、森下洋子先生、カンパニー団員とともにバレエダンサーとして過ごせたことに心より感謝している。もちろん身体は若かった頃とは違いもう怪我だらけで年齢による体力的な衰えも多く、正直苦しくもあったが、何よりもバレエダンサーとしてのみ日々を過ごすことができたことが幸せだった。振付家や大学教授、審査員の身から離れ、公演に向けて一心に邁進したがやはり自分は人生の多くをバレエダンサーとして過ごしてきたからこそこの瞬間瞬間が嬉しかった。清水先生はこの私をまるで40年前に振付指導していただいた頃にタイムスリップしたかのように一挙手一投足、手取り足取り再び教え始めた。総監督としてあわただしい日々のなかを縫って、バレエ団にリハーサルに顔を出していただき皇太子・新皇帝ジーグフリード役バレエダンサーとして身体性から立ち振る舞い、舞踊へ向かう精神性まで細かく伝授するように寄り添い、手本を示していただいた。これも何よりも嬉しかった。不安を払拭するかのようで、また森下先生もご自分と踊ることなったこの私をパートナーとしてすべて条件を兼ね備えさせるべく、こちらもあらためて一からバレエを叩き込まれた。そして振付助手の朶まゆみ先生やバレエミストの鏑木理沙先生、倉田浩子先生といったバレエ団トップの指導者の方々からも、この若くない傷だらけのバレエダンサーに諦めずにアドバイスを送り続けていただいた。同じローザンヌ国際バレエコンクール受賞者で同世代の平元久美さんや山川晶子さん、佐藤明美さん、鎌田美香さんといったバレエ団プリマバレリーナから多くの団員たち、そして若き男性舞踊手たちが脇から私を助け、仲間同然として支えていただいた。
バレエの本質を追求する姿勢はこれまでに私が経験、在籍してきた当時のバレエ団、各公演にとってとても敵わないものであったことを特筆したい。朝のレッスンが始まる1時間前から数十名の団員たちがバレエ団建物内外を掃除する1日から始まり、ミーティングである朝礼で総監督の清水先生が話される訓話が毎日楽しみで、バレエ学校で学ぶ以上の造詣の深いものばかりで時折メモを取りながら耳を傾け、本番前にそれを読み直して臨んだことは言うまでもない。
また今回たまらなく嬉しかったこと、それは清水先生が長く愛用していた王子役の衣裳を「充に似合うものを選ぼう」とこれまで着用してきた10着あまりをずらりと並べて選び、1・2幕用と3・4幕用の2着着させていただいた。どれも豪華絢爛な衣裳で憧れの先生の衣裳とあってたまらなく嬉しく、また森下先生まで「充君、似合っているわよ」と微笑みながら言っていただき、年甲斐もなく気持ちは高揚感でいっぱいになった。
頼りなさ?からか公演にあたり、家族からバレエ仲間、親友、旧友、そして大学の教え子たちまで多くの人からエールいただき、心より御礼申し上げます。このコラムも10年以上経ち一度も触れたことはなかったのだが、私の両親が出会ったのは実はこの松山バレエ団であった。すでに両親とも他界し報告することは出来なかったが、4年前の父の告別式に清水先生、森下先生、そしてバレエ団の皆さんが参列していただき感激したことはその時の忘れられない思い出である。でも…昔から何でも予言することが好きで的中するとひどく喜んでいた父のことである。ひょっとしてこの時、清水哲太郎先生たちの足音を聞いてこの“まさか“を予言し、的中させたこと天国で喜んでいるかもなぁと公演が終わって仏前に報告しながらふと思いめぐらせてしまった…。
-
●2020年12月
年の瀬を迎えた。世の中ではもうどれだけ新型ウイルス感染について語られてきたかはかり知れないが、やはりやはりたいへんな年であった。振り返ると誰もが感じる苦難な日々であった。舞踊公演のみならずパフォーミングアーツ全てが被害を受けた。生命の危険を伴うなかで、さまざまな人たちが苦しみ助け合うなか、(もちろん大きく取り上げることは出来ないが)そんななか秋以降堀内充バレエコレクション2020公演、大阪芸術大学舞踊コースにおける4回生卒業制作公演、3回生学内公演、2回生学内公演、玉川大学パフォーミングアーツ学科における舞踊公演、毎年私が関わる舞踊公演全てが行われたことが正直ほっとしている。主催側、出演・スタッフ側、観客の方々側すべての力があってこそでこのウイルス感染禍の苦難を乗り越えようとした結束力の素晴らしさを感じずにはいられない。そして、ましてどの公演にも自作の振付作品を上演させていただき、振付家側こそが出演者に感謝しなければならない立場であることをあらためて気づかせてくれた。
今年は例年に比べ舞台鑑賞もままならず、それでも秋以降このコロナ禍のなかで松山バレエ団、Kバレエカンパニー、東京シティバレエ団、新国立劇場バレエ研修所の各バレエ公演、ボナンザグラム舞踊団スタジオパフォーマンス、また読売交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会などにも足を運び、自分たちと同じ思いで苦しみながらも舞台をつくりあげる芸術家の方々の姿を客席からマスク越しで見守らせていただいた。そしてこの想いを胸に来年に向けて気持ちを引き締めてこれからもバレエと向き合っていきたい。 -
●2020年8月
7月12日に行われた大阪芸大舞踊コースキャンパス見学会劇場上演会は数ある舞台経験の中でも忘れられない舞台となった。新型ウイルス感染拡大によって、多くの舞台公演が中止に追い込まれ、昨年冬から充実した稽古を積んできた松山バレエ団「新白鳥の湖」公演も3月神奈川県民ホール、5月東京・渋谷オーチャードホールと共に公演中止となってしまい、また7年間続けてきた堀内充バレエコレクション公演も延期となった後、非常事態宣言なる発令でなかなか劇場再開が許されないなか大学側の心温かい英断で大学芸術劇場で上演させて頂いたからだ。しかしながら大学側の感染防止ガイドラインは厳しく、世間でいうソーシァルディスタンス、三密回避、マスク着用といったことが義務づけられ、バレエ「パキータ」も群舞やパートナーリングの変更も余儀なくされた。当初5月に行われる予定だったので振付はすでに昨年末には出来上がっており、5月から出演する2回生たちもオンラインでZoomを使ってのリハーサルから臨んでいた。6月中旬より通常授業が再開されたが、舞踊コース各学年クラスは一斉に舞台に向けたレッスン、公演準備、リハーサルに取り掛かり、なかでもこのパキータ上演は大学にとっても公演再開に向けた皮切りとなり、期待も膨らんだ。そして7月に入り、本番2週間前より舞台稽古が始まり、大学教務・事務局関係者が劇場に立ち入り客席で感染対策がしっかりと取られているか視察したりと物々しいこともあり、また前々日のゲネプロ後に大学事務職員のなかに陽性者が出てしまい、一旦は教授会で舞台公演が行われるキャンパス見学会の中止を検討されたが、結局大学キャンパス内の安全が確認されて何とか予定どおり本番を迎えることが出来た。本番当日はそれらを乗り越え、また自分自身のバレエ公演や出演するはずだった松山バレエ団公演も相次いで中止となり、そんな無念な思いも重なり、舞踊コース生が頑張って踊る姿に胸が熱くなった。舞台本番を迎えるまでにこれほどの苦難を経験したのは初めてで、終演後は出演したダンサーたちに声をかけ「舞台で写真撮ろうぜ!」と呼びかけて終えたばかりの余韻感じる舞台上でみんな涙と笑顔と達成感に満ちた表情のショットとなり、忘れられない一枚となった。興奮のあまりちゃっかり私も出演者の輪の中に入ってしまいました。お許しを…。
-
●2020年1月(2)
年明けに東京・渋谷のど真ん中にある文化総合センター大和田さくらホールで堀内版「くるみ割り人形(全幕)」公演を上演させていただいた。バレエくるみ割り人形はこどもから大人まで幅広く楽しめるバレエで、世界に愛されているのはご存知のとおり。
1幕の舞台は家庭の大広間で、大人とこどもがそれぞれがクリスマスパーティーを楽しんでいる様子が描かれている。今や日本も欧米化され、このような様子が繰り広げられても違和感はなく、むしろ先ほどまでロビーで話していたこどもたちが、いつのまにか小さなダンサーとなって舞台上を駆けまわっているのではと勘違いするほど、舞台と客席の境界線がわからなくなる錯覚を覚えるのだ。そんななか、この公演に向けて出演したバレエスクールのこどもたちの日々のリハーサルでとても興味深く映ったことがあった。こどもたちのまさに公演の主人公は我こそにありと言わんばかりの手を抜かず向上心を持ってのぞむ姿はとても印象深く、またそれが輝いてみえたのである。ひとつのことを達成させる上で大切なことは、そんな真面目に取り組んでいる子の姿勢の素敵さに周りや下級生の子たちが憧れることである。かつて少しズレたり、たまに夢中から外れたりすることがいわゆる”カッコいい”と映る時代もあり、それが魅力になったのかも知れないが、今やこの時代そんな考えはない。万一いまだにそんな姿が見える子がいたら教える側は一刻も早く気づかせてあげなければならない。
ここは東京・渋谷という中心地?のおかげか今回このリハーサルで見せてくれたこどもたちの姿こそが、この公演の成果であったように思えてならないのである。 -
●2020年1月(1)
松山バレエ団「新白鳥の湖」公演に向けてリハーサルが始まった。一番最初に振付をいただいた場面は1幕王子の登場シーンで、バレエ団員とともにその場面を清水哲太郎先生と時間をかけて教わった。この作品は松山バレエ団のレパートリーとして毎年上演されているので、バレエ団員は全員振付を熟知されており、実際は王子役の振付の入れ込みというかたちで私中心のリハーサルで、この場面のみならず、2幕の湖畔の場面も同じように王子が登場する場面を抜粋しながら稽古をつけてもらった。何よりチャイコフスキーの名作の音楽が心地よく、ただ古典バレエといっても「新白鳥の湖」というタイトルどおり清水哲太郎先生のオリジナル版として振付られている。哲太郎先生も「2幕のレフ・イワノフ版は素晴らしく手を加えようがない」と話していたが、1・3・4幕は音楽の構成から振付までほぼオリジナルで、こちらも古典作品に挑む以上に清水哲太郎先生独自の振付作品と向き合う姿勢で臨んだ。主役の森下洋子先生とのリハーサルはバレエ団の「くるみ割り人形全幕」の大阪、東京、神奈川公演が控えていることもあり、本格的には年明けから行うことになった。
実はその大阪フェスティバル公演に私と教え子10数名で観させていただいたのだが、松山バレエ団版はとてもクオリティが高く、またアーティスティックであり、エンターテイメント性も豊かで、何よりも夢が感じられ衝撃的であった。そしてバレリーナの名花・森下洋子先生の素晴らしい踊りはもちろん、バレエ団員の力も大きく、今年観たバレエ公演のなかでもっとも印象に残るものであった。今年の年末もバレエ界はその「くるみ割り人形」のシーズンに突入した。一昨年まで堀内版「くるみ割り人形」もこれまでに宇都宮や福井、京都、横浜でさまざまな都市で20年にわたり上演してきたが、今年、といっても来年正月明けだが、東京・渋谷で上演する運びで秋からリハーサルを重ねていた。宇都宮で上演させていただいた当初、20年前は演出振付だけでなくタイトルロールの王子役まで務めていたが、その後は振付に専念していた。しかし今回は堀内充バレエプロジェクトとゆきともバレエスクールの共催で、日頃顔を合わせているこども達のためにも自身で初めてドロッセルマイヤー役も務めさせてもらった。バレエくるみ割り人形の良さはなんと言ってもこどもたちに向けたメッセージで世代を超えて愛されているバレエだということだろう。観客側にいてもそうだが、創る側からもこども達のバレエに向かう熱い気持ちが感じられる。毎回のリハーサルでも彼女たちはつねに全力投球で踊り、演じてくれるのが嬉しい。この作品もレフ・イワノフが原振付となっているが、堀内版は最初から最後までほぼオリジナル振付となっており、私の得意分野であるシンフォニックバレエも雪片のワルツや花の精のワルツで展開させ、グラン・パ・ド・ドゥも新解釈で創らせていただき、毎年5月に行っている堀内バレエコレクションにレギュラー出演してくれている愛する女性・男性バレエダンサーたちに出演してもらい、作品に華を添えてもらった。バックステージスタッフである舞台運営、照明も、横浜の木村公香先生のアトリエ・ドゥ・バレエ公演で上演した時のメンバーで固め、盤石の体制で臨ませてもらった。
大阪芸術大学舞踊コースでも12月は舞踊コース2回生学内公演を毎年上演しているが、私がこの大学に着任してから初めてクリスマス・イブに公演本番となった。例年どおり「ラ・バヤデール影の王国より幻影の場」を上演したが、このバレエの初演はロシア・サンクトペテルブルクだが、その時の主役ソロルを踊ったのがなんとレフ・イワノフだったのである。バレエダンサーとして、舞踊家として金字塔を打ち立てた彼が踊ったこの役は今なお男性ダンサーの憧れの役でもある。ここ舞踊コース公演でも毎年若き20歳の男子学生が務めるのだが、今年も2回生の木下大輔君、邉田陽大君がダブルキャストでそれぞれ堂々と踊っくれたのが頼もしかった。女子学生たちもあの美しきヒマラヤ山脈から降臨するバヤデルカをひとりひとりが夢幻の世界を醸し出すように心を込めて踊った。
なお公演演目最後にはフィナーレとしてクリスマスイブを飾るルロイ・アンダーソン音楽によるジングルベルダンスを振付し、かつてニューヨーク・マンハッタン・ラジオシティホールで観たクリスマス・スペクタキュラー(聖夜ショウ)ばり?のサンタクロース風ショーダンスを踊り観客から大きな拍手を受けていた。 -
●2019年12月
今年の秋も東西の大学舞踊の舞台公演で新作バレエをクリエーションし、若いダンサーたちが熱演を繰り広げてくれた。
玉川大学芸術学部舞踊公演では、今年もバレエ作品を振付させていただいたが、昨年の公演で発表した自然をフューチャーした題材「星空と海」に続き、今回も樹木とそよ風をモチーフに「Soyosoyo…ト」というタイトルで上演させていただいた。昨年の作品はピエール・モンドリアンの絵画に触発されたのだが、今回も上野にある国立西洋美術館へふらりと鑑賞しに出向いた際に常設展示されているジョセフ・ヴェルネの「夏の夕べ、イタリア風景」に出会い、その絵は幾つかの樹木が左右に風でなびいているのだが、当たり前だがその肝心の風が描かれていない。そんな光景に魅せられて、「なるほど…、」と思い立ち舞踊化を試みるきっかけともなった。音楽はドイツ人作曲家フェダーセルを今年も起用した。風を表現するダンサーはクラシック技法のポアントワーク、樹木をあらわすダンサーをモダンテクニックを素足でそれぞれ競い合わせるように振付をした。衣裳デザインは今回も衣裳担当の学生がこちらのイメージをしっかり汲み取りすべて手作りで縫い、素敵なコスチュームを作りあげてくれた。衣裳担当の主任の学生は実は私のバレエの授業の教え子の4年生で、彼女はバレエ堀内作品の出演者オーディションに毎年挑戦してくれたのだが結局1度も選ばれず涙を飲んだ。彼女の無念な気持ちを思うとこちらも立場もあり心苦しかったのだが、今回制作側にまわり見事に力を発揮してくれたことが何よりもうれしく、このことを特筆したい。こうして4日間にわたり玉川大学演劇スタジオで上演し、毎回たくさんの温かい拍手喝采をいただいた。
大阪芸術大学舞踊コース学内公演では「Fantasia」というタイトルで、文字通り幻想の世界を描いたバレエ作品を上演した。名作曲家ベルリオーズの同名作品である「幻想交響曲」をかつて父親が振付し、さまざまな斬新な場面がまだ小学生だった自分の記憶のなかに鮮烈に残っており、とくに第2楽章の「舞踏会」が実に甘味で素敵な旋律が頭から離れず、それらを若き女性たちが夢みるある姿と重ねあわせて構成をした。作品は現実の日常のありのままの姿をした彼女たちが舞台上でシューベルトのピアノ曲の調べに乗せてバレエを踊っているシーンから始まり、若い頃感性を刺激させてくれたフレデリック・マーキュリーのクイーンの音楽を挿入させたり、時に自身に対する戸惑いを表すソロなども交え、現実と幻想を交錯させながらラストに前述した「舞踏会」シーンを配置し約40分にわたる作品をつくりあげた。またここでも芸術大学生が活躍し、作品の舞台装置の美術デザインも大学舞台美術コースの女子学生がこの難題に挑んでくれ、終曲では鮮やかな城壁とキャッスルを想わせるオブジェを飾り舞踊作品に華を添えてくれた。